2019・5・08記




 
学習指導要領の音読・朗読観の変遷




 学習指導要領は、教育課程の基準として、教科書検定とともに、政府の教
育政策の具体的な実現の手段、いわゆる教育統制の手段となっているもので
ある。本稿では、国語科学習指導要領において、主として小学校要領の音読・
朗読個所がどのように記述され、変遷してきているか、巨視的に、ざっくりと
アウトラインをつかんでみることにした。

 学習指導要領は昭和22年版が初版である。それ以来、現行の平成29年版ま
で、計8回、およそ10年ごとに改訂が加えられてきている。
 学習指導要領において、「音読・朗読」がどのように記述されてきている
のだろうか。「音読・朗読」がどのように扱われてきているのだろうか。
「音読・朗読」がどのように位置づけられ、変遷してきているのだろうか、
それについて調べてみた。
 下記に、昭和22年版を含めて合計9回、それぞれの学習指導要領に書いて
ある「音読・朗読」に関する文章個所だけを引用している。また、音読・朗
読に関係するだろうと思われる個所も引用している。それら学習指導要領か
らの
引用抜粋の文章部分を青色している。
 これら抜粋個所から、学習指導要領における「音読、朗読」の扱われ方、
位置づけ方の変遷について、わたしなりの考えをまとめてみた。
それを「荒木のコメント」として書き入れている。



     
昭和22年版・試案(1947年)
         小学校学習指導要領・国語科



「まえがき」に書いてある国語科学習指導の範囲
(一)話すこと(聞くこともふくむ)
(二)つづること(作文)
(三)読むこと(文学もふくむ)
(四)書くこと(習字もふくむ)
(五)文法

国語科学習指導の目標
三 すらすらと読んだり書いたりできるようにする。
(五)音読や黙読がよくでき、また正しくはやく読めるようにする。

読みかた指導の一般的目標
(十二)音読あるいは黙読によって、読む習慣や、その能力および態度をし
   だいに完全なものにする。

小学校1,2,3学年の「読み方の学習指導」
1、文章を朗読することによって、思想を理解することを学び、また正しい
  発音や、語調を身につける。
小学校4,5,6学年の「読み方の学習指導」
1、文を誤りなく、正しく読んでいく。
2、読めない文字やわからない語句があったら、明らかにしていく。
3、内容を正しく、たしかに理解していく。
 (1)おちついて読んでいく。
 (2)なにが書いてあるか、文の筋をよく考えながら読んでいく。
 (3)自分の経験に照らしあわせて読んでいく。
 (4)文のおもしろさを発見していく。
 (5)文の組み立てを明らかにしていく。
 (6)文を正しく読むとともに、黙読でなるべくはやく読んでいく。
4、文の内容を正しく音声に表すように朗読をする。
 (1)正しい姿勢で読んでいく。
 (2)はっきりした気持ちのよい声で読んでいく。
 (3)お話しするように読んでいく。
 (4)句読点に注意して読んでいく。
 (5)聞いている人によくわかるように読んでいく。
 (6)感情をあまりこちょうしないで、すなおに、人を喜ばせ、楽しませ
    るように読んでいく。


【荒木のコメント】

 「小学校1,2,3学年」の「一般目標」に書いてある

(十二)音読あるいは黙読によって、読む習慣や、その能力および態度をし
   だいに完全なものにする。


の「音読」の概念内容は「黙読」の対語としての「音読」という使い方であ
る。「声に出して読む「音読」に対する「声に出さないで黙って読む「黙
読」という使い方である。
 また、「小学校1,2,3学年の「読み方の学習指導」に書いてある

1、文章を朗読することによって、思想を理解することを学び、……

と、「小学校4,5,6学年の「読み方の学習指導」に書いてある

4、文の内容を正しく音声に表すように朗読をする。

の、二つの「朗読」の概念内容は、「4」の下段にある(1)〜(6)まで
の内容を含んでいることはもちろんである。つまり、ここでの「朗読」の概
念内容は、声に出して読むこと一般、通常の「音読」と同じ使い方である。

 「朗読」については、中学校学習指導要領・国語科の「読みかた」(一般
目標)には、次のように書いてある。

(二) 朗読。(音読の芸術的形態として)

 「朗読」は「音読」の「芸術的形態」であると書いてある。中学校では、
小学校での「音読=朗読」の基礎の上に(音読の芸術的形態として)の「朗
読」まで指導する、ということである。
 また、中学校学習指導要領の「読みかた」には、「六 音読と默読」とい
う小見出し(節)があり、「音読」と「黙読」との特徴的な位置づけ方が次
のように書いてある。

六 音読と默読
 默読は目の動きを主とする読みであり、音読はこれにくちびるのはたらき
の加わる読みである。両者を比較すると次のようになる。
(一) 音読が読みかたの入門である。
(二) おとなの世界では默読が主である。
(三) 默読のほうがはやい。
(四) 音読のほうがたしかである。
 默読が読みかたの中心問題になっているにかかわらず、学校教育では、依
然として音読が多い。これには理由がないわけでもない。默読では、生徒が
ほんとうに理解して読んでいるかどうかをしらべることができない。音読で
あれば、どこに休止をおくか、どこを強調するか、どんな読み声が意味内容
にもっともあっているか、というようなことをはっきりと指摘することがで
きる。とくにわが国においては、文の理解ということが主であったから、ど
うしても音読にョらなければならなかった。しかし、社会生活上の見地から
いって、默読に重点をおかなければならないことはいうまでもない。ことに、
中学生は、文を読むだいたいの方法を小学校六か年で身につけているわけで
あるから、默読の指導を主にしなければならない。音読は、默読を指導する
ための一つの方法として必要で、それが目的ではありえない。


 日常の言語生活は一般に「黙読」であるから、「默読に重点をおかなけれ
ばならない」。「音読は、默読を指導するための一つの方法として必要で、
それが目的ではありえない。」と書いてある。
 日常の言語生活は黙読が基本であるから、小学校低学年ではいきなり黙読
というわけにはいかないから、入門期として音読指導をする、高学年は音読
から黙読への移行期であり、しだいに黙読ができるようにしていく。中学校
では黙読が本則にすべきだ、という指導観が書かれている。黙読は、速く読
める、たくさんの文章を読める、他人に迷惑をかけないで読める、読んでわ
かればよい、だから声に出して読ませる必要はない、という考え方である。
 「黙読」重視、「音読」軽視の指導観である。第2次大戦中の学校教育に
おける音声表現のしかたは、ひたすら大声でずらずらと読み上げる音調がよ
しとされた。その反省として大戦後の新教育では黙読重視になったことも否
定できないだろう。

 こうした指導観には、「音声解釈(オラルインタープリテーション)」と
いう考え方が欠落している。つまり、文章を音声表現することは、音声で文
章内容の解釈を深めることである、文章の意味内容を声で解釈し、声に表す
ことだ、という考え方がない。

「音声解釈」についての詳細は、本ホームページの第6章「表現よみの提
唱」の第二節(1)〜(3)をお読みください。下記クリック。
http://www.ondoku.sakura.ne.jp/teisyou2.html へのリンク
 また、第四節の(2)〜(7)もお読みください。下記クリック。
http://www.ondoku.sakura.ne.jp/teisyou4.html へのリンク

 昭和22年版(試案)学習指導要領の国語教育観は、言語経験主義、言語
生活主義といわれている。言語を通達手段としてしか考えない「言語通達手
段説」という言語観である。言語の機能を、「話したり、聞いたり、読んだ
り、書いたり」の日常の言語経験・言語生活がうまくできれば十分とい言語
観である。学校現場では「買い物ごっこ」「電話ごっこ」「新聞作り」「お
店屋さんごっこ」などの、いろいろなごっこ遊びが奨励されたという。言語
で対象を分析総合して認識思考を深めるという「言語意識直結説」の言語観
が脱落している。こういうことから、黙読重視、音読軽視の教育方法が主張
されてきているといえるだろう。



   
昭和26年度(1951年)
    昭和22年版要領・国語科・試案の改訂版



 各学年ごとの指導内容は「聞くこと・話すこと」「読むこと」「書くこ
と」の三領域で記述してある。下記に「読むこと」の中から音読・朗読に関
する事項のみを引用する。
第1学年
・音読も大切であるが、黙読の習慣をしっかり養っていく。
・読み(黙読)によって、文の意味をつかむ。
・話し合いによって文の内容を正しく読みとっているならば、次に文を音読
 させる。そうして、だんだんとうまく朗読できるようにしていく。
第2学年
・黙読をするとき、一年生のとき、多少くちびるを動かしていたものも、こ
 の学年では、くちびるを動かさないようにして、ひたすら目で読むように
 指導する。それには、口を指で押さえさせて読ませることも一つの方法で
 ある。したがって、この学年では、目を行から行に正確に、早く移す指導
 が望ましい。
音読は次のような場合にさせる。
・読むための準備ができているかどうかを調べるとき。
・内容がつかめているかどうかを調べるとき。
・人に聞かせて楽しませるとき。
・朗読の練習をするとき。
第3学年
・音読よりも早く黙読することができるようにする。
・他人を楽しませるために、なめらかに、わかりやすく音読することができ
 るようにする。
第4学年
・自主的な読みの能率をあげるためには、黙読の技能を高めることが大切で
 ある。
第5学年
・詩の音読をする。
・ひとりの子どもが朗読しているときは、他の児童は黙読をする。
・気に入った節、句などを知らせるために音読をする。
・全体を鑑賞するための朗読をする。
・できるだけ黙読によって読書を楽しみ、文の意味をすみやかに的確にとら
 えることができるようにする。音読は、知識や楽しみを分かち合うために
 するというように、考えていく。
第6学年
・娯楽のためや知識を得るためや、また、他人に情報を伝えるために、黙読
 したり、明確な発音で、なめらかに音読する能力を増大させる。
・読みの発表としての朗読をいつも常時個別的に観察記録し、指導の参考と
 するとともに、児童自身にも反省させたり、批判させたりして、読みに技
 術を高めていく。また、朗読会を開き、教科書その他の文章を持ち寄って
 輪番に読み、相互に読みぶりを批評し合ったり、レコードやラジオの朗読
 放送を聞いて読み方の参考とする。


【荒木のコメント】

 今回の昭和26年版(試案)は、黙読重視がいっそう強化している。第1学
年に「音読も大切であるが、黙読の習慣をしっかり養っていく。読み(黙
読)によって、文の意味をつかむ」と書いてあり、音読と同等に黙読指導が
重視して記述してある。2年生には「口を指で押さえさせて読ませることも
一つの方法」とまで書いてある。3年生には、「音読を終わらせ、黙読に移
行させる」、4年生には「黙読の技能を高める」とあり、4年生で完全に黙読
に移行させる、黙読を本則とした学習指導をする、というように読みとれる
記述になっている。
 本要領で使われている「音読」の概念内容は、「黙読」に対する「音読」
で、声に出して文章を読むこと一般をさしていると考えられる。音読指導は、
「内容がつかめているかどうかを調べるとき」「人に聞かせて楽しませると
き」「朗読の練習をするとき」などに行う、とある。
 本要領での「朗読」の概念内容は、「鑑賞するための朗読」「朗読会を開
き、相互に読みぶりを批評し合ったり」とあり、「朗読=音読の芸術的形
態」という前要領からの考え方が踏襲されている、と考える。

  荒木の「黙読」についての見解は、本ホームページの第8章にある「音読
力も黙読力も重要なり」にある「第1部・音読力が重要なわけ」をお読みくだ
さい。下記クリック。
http://www.ondoku.sakura.ne.jp/ondokuryoku1.html へのリンク
つづいて、最下段「次へつづく」から「第2部・黙読力が重要なわけ」へと進
んでください。



     
昭和33年版(1958年)
        小学校学習指導要領・国語科




 国語科内容の活動区分は、「聞くこと・話すこと」「読むこと」「書くこ
と」の三領域の記述となっている。下記に「読むこと」の中から音読・朗読
に関する事項のみを引用する。

(読むこと)
第1学年
ア 音読ができること。
イ 声を出さないで目で読むこと。
第2学年
ア 書いてあることをだいたい読み取ること。
イ 語や文として読むことに慣れること。
第3学年
ア 正しくくぎって適当な速さで読むこと。
イ 長い文章を終わりまで読むこと。
第4学年
ア 黙読に慣れること。
目標4 正確に読むとともに、読む速さを増すことができるようにする。
第5学年
ア 味わって読むため、また、他人に伝えるために、声に出して読むこと。
第6学年
ア 読み物の内容と読む目的に応じて、それに適した読み方をすること。
エ 文章を味わって読むこと


【荒木のコメント】

 今般の学習指導要領の改訂では、(試案)の文字がはずされ、法的拘束力
が持たされた。
 第1学年には
ア 音読ができること。
イ 声を出さないで目で読むこと。
とあり、音読と黙読が同等に位置づけられている。第4学年では「ア 黙読
に慣れること」とあり、3学年までに音読は卒業し、4学年になったら黙読を
本則とする指導をする、黙読で速くすらすら読めて、速く意味内容をつかめ
る、こうした言語能力高めの指導が重視されている。音読は、「味わって読
むため、他人に伝えるため」こうした目的と機会に指導する、とある。
 昭和33年版は、昭和26年版国語科(試案)にあった、「口を指で押さえさ
せて読ませる」などの、強力な「黙読重視」でないにせよ、まだまだ黙読重
視の指導が強調されていることが分かる。



     昭和43年版(1968年)
        小学校学習指導要領・国語科




 国語科内容の活動区分は、「聞くこと・話すこと」「読むこと」「書くこ
と」の三領域の記述となっている。下記に「読むこと」の中から音読・朗読
に関する事項のみを引用している。

第1学年「読むこと」
ア はっきりした発音で音読すること。
イ 声を出さないようにして読むこと。
ウ 拾い読みでなく、語や文として読むこと。
エ 書いてあることのだいたいや筋について考えながら読むこと。
第2学年「読むこと」
ア 文章の内容を考えながら音読すること。
イ 声を出さないで読むこと。
ウ 五や文として読むことに慣れること。
エ 書いてあることの概略を読みとること。
第3学年「読むこと」
ア 文章の内容を考えながら、はっきりした正しい発音で音読すること。
イ 黙読すること。
ウ 要点をおさえて読むこと。
オ 表現に即して読みとろうとする習慣をつけること。
第4学年「読むこと」
ア 書いてあることの意味がよく表れるように音読すること。
イ 黙読に慣れること。
ウ 文章を段落ごとにまとめて読み、それぞれの段落と文章全体との関係を
  考えること。
エ 必要なところを細かい点に注意して読むこと。
オ 内容を理解しながら、速く読むようにすること
第5学年「読むこと」
ア 味わって読むため、また、他人に伝えるために、朗読すること。
イ 文章の主題や要旨をつかむこと。
ウ 表現に即して文や文章の細かい点まで読みとること。
エ 読むために必要な語句の範囲を広げること。
第6学年「読むこと」
ア 聞き手にも内容がよく味わえるように朗読すること。
イ 事象の記述と書き手の感想や意見などとを判別して読むこと。
ウ 文章の組み立てや叙述に即して正確に読むこと。
エ 書いてあることの要点を抜き出したり全体を要約したりし、また、読む
  目的にそって必要な事項を読みとるようにすること。


【荒木のコメント】

 黙読と音読とが同等に位置づけられている点は昭和33年版と昭和43年
版とは同じである。前の昭和33年版と同じく、4年生に「黙読に慣れるこ
と」とあり、4年生で黙読の習慣化をめざす、黙読を本則とする指導をする、
ということのようである。これは、1964年(昭和39)年に国立国語研究所か
ら発表された「読解力の発達調査」にある、小学4年生に2学期まで音読が
黙読よりも速く読めで優位であり、4年生の3学期になるとそれが逆転し、
黙読が音読よりも速く読めて優位になる、という調査結果が出された。(国
立国語研究所編『小学生の言語能力の発達』(明治図書、1964、295p)。
この調査結果は、当時の国語教育現場にかなりの影響を与えた、話題になっ
ていたと、現場教師だった荒木の記憶に残っている。この調査結果は、次年
度の学習指導要領(昭和43年版)にもすくなからず影響を与えたろうと想
像できる。
 前の昭和33年版と大きく相違する点は、音読と朗読との学年区分が新た
に規定されている点である。「音読」は4学年まで、「朗読」は5学年から始
まる、という学年配分である。また、「音読」と「朗読」との概念規定、つ
まり「朗読」は「味わって読むため、他人に伝えるため、聞き手にも内容が
よく味わえるように読む」という概念規定。「音読」は、「はっきりした発
音で、文章の内容を考えながら、書いてあることの意味がよく表れるように」
読む、という概念規定である。

 下記は参考資料である。
下記引用は、今回の昭和43年版小学校学習指導要領・国語科編の教師用指
導書、つまり『小学校指導書・国語編』(文部省発行)からの引用である。
指導書とは、学習指導要領を補足解説したもので、「本書は、小学校指導書
国語編作成協力者の協議をまとめたもの」と書いてある。
 下記に、黙読・音読・朗読に関する個所だけを抜粋引用している。

    小学校指導書・国語編(文部省発行・昭和44年5月)より
第1学年
 第1学年では、まず正しい発音で、はっきりと音読することがたいせつで
ある。「ア はっきりした発音で音読すること」という最も基礎的なことを
確実に指導しなければならない。特に発音しにくい語句の読みについては、
注意して指導する必要がある。
 また、「イ声を出さないようにして読むこと」の指導もたいせつである。
しかし、この学年では、黙読の能力を身につけさせるということまでを要求
しているのではない。
 音読することも、声を出さないで読むことも、一文字一文字を拾い読みす
るのではなく、語や文としてまとまりのある読み方ができるようでなければ
ならない。そのため「ウ 拾い読みでなく、語や文として読むこと」という
事項が示されている。
 書かれていることを読みとる場合、ただ漫然と読むのではなく、何のこと
が書いてあるのか、何がどのようにしてどうなったのかを考えながら読みと
ろうとすることがたいせつである。
第2学年
 第1学年では、はっきりした発音で音読することを中心に指導したが、こ
の学年では、「ア 文章の内容を考えながら音読すること。」を指導するの
である。文章の内容を考えて音読するということは、ただ声に出して読むと
いうだけでなく、どんなことが書かれているのかを理解しながら音読できる
ということである。
 また、黙読についても、声を出さないことを意識しながら、だまって読む
というのではなく、自然な状態で読んでも声を出さないで読めるようにする
ことが「イ 声を出さないで読むこと」に示されている。
 この学年になれば、文章を読むときにばくぜんと文字を追いながら読むと
いうのではなく、書いてある内容をしっかりと読みとらせるようにしなけれ
ばならない。
第3学年
 「ア 文章の内容を考えながら、はっきりした正しい発音で音読するこ
と」と示されているのは、第1・第2学年で学習した音読についての能力を
総合した形で身につけさせようとするものである。文章の内容の伴った、明
晰な発音による音読の能力を養うことがねらいである。
 音読と合わせて「イ 黙読すること」が指導すべき事項として示されてい
るが、黙読の能力については、この学年では一応黙読の能力が完成されるよ
うに示されているのである。そして、第4学年になると「イ 黙読に慣れる
こと」という習慣化を目ざしている。
 この学年は、このように音読、黙読ともしっかりと身につけていく指導が
たいせつである。
第4学年
 「オ 内容を理解しながら、速く読むようにすること」というように必要
に応じて速く読み、内容を理解できるという能力がたいせつである。読むこ
との指導でいうと、常に表現の細部にわたり、詳しく読み、何回も繰り返し
てゆっくりと読ませるということがきわめて多いが、読書という点から、速
く読むということをも経験させることが、読む能力を増すためにたいせつで
ある。
 また、「イ 黙読に慣れること」とか「オ 内容を理解しながら、速く読
むようにすること」とかいうようなことは、読みの方法として必要なことで
ある。
第5学年
 「ア 味わって読むため、また、他人に伝えるために、朗読すること」と
いう事項の「朗読」ということは、この学年になってから、はじめて示され
ている。これは、中学年まで指導してきた音読をさらに発展させたものであ
る。この指導事項は、物語や詩などの表現のすぐれたところを読み味わうた
めに重要な能力である。
 「他人に伝えるために、朗読すること」では、読み手が読みとったことを
相手や場を考えて、はっきりした発音で、内容がよくわかるように工夫して
読むように指導することがたいせつである。
第6学年
 「ア 聞き手にも内容がよく味わえるように朗読すること」は、第5学年
の「ア ……、他人に伝えるために、朗読すること」を受けているもので、
この学年で完成したい指導事項である。



     
昭和52年版(1976年)
        小学校学習指導要領・国語科




 各学年ごとの国語科内容の活動区分は「表現」と「理解」、大きく二領域
に変化している。また、二領域の基礎となる能力、つまり「言語事項」がそ
れぞれの学年ごとに加わって記述されている。

第1学年「理解」
ア はっきりした発音で音読すること。
言語事項
ア 幼児音を使わないで、はっきりした発音で発音で話すこと。
イ はっきりした発音をするために、姿勢、口形などに注意すること。
第2学年「理解」
ア 文章の内容を考えながら音読すること。
言語事項
ア 発音に注意して、はっきりと話すこと。
イ はっきりした発音をするために、姿勢、口形などに注意すること。
第3学年「理解」
ア 文章の内容が表されるように工夫して音読すること。
言語事項
ア 発音やなまりや癖を直すようにして話すこと。
イ その場の状況に応じて適切な大きさの声と速さを考えて話すこと。
第4学年「理解」
ア 事柄の意味、場面の様子、人物の気持ちの変化などが、聞き手によく伝
  わるように音読すること。
言語事項
ア なまりや癖のない正しい発音で話すこと。
イ 目的に応じた適切な音量や速さで話すこと。
第5学年「表現」
ア 他人に伝えるために朗読すること。
言語事項
ア 正しい発音で話すこと。
イ 言葉の抑揚、強弱などに注意して話すこと。
コ 易しい文語調の文章を読んで、文語の調子に親しむこと。
第6学年「表現」
ケ 聞き手にも内容がよく味わえるように朗読すること。
言語事項
ア 正しい発音で話すこと。
イ 言葉の抑揚、強弱などに注意して話すこと。
コ 易しい文語調の文章を読んで、文語の調子に親しむこと。


【荒木のコメント】

 今回の昭和52年版では、黙読に関する文章記述が消えている。「黙読する
こと。黙読に慣れること」などの「黙読」に関する記述がない。これがいち
ばんの特徴である。「音読」と「朗読」に関する記述のみである。
 図式的にいえば、昭和22年度版・昭和26年度版は音読より黙読重視の記述、
昭和33年版・昭和43年版は黙読と音読とが同等の記述、今回の昭和52年版で
は「黙読」軽視「音読」・「朗読」重視と変化しているといえる。
 今回の昭和52年版の、もう一つの変化は、
 「音読」は1学年から4学年まで「理解」の領域だ、「朗読」は5学年から6
学年へと、「表現」の領域だ、という規定である。
 これは、前の昭和43年版の「音読」は、「はっきりした発音で、文章の内
容を考えながら、書いてあることの意味がよく表れるように」読む、「朗
読」は「味わって読むため、他人に伝えるため、聞き手にも内容がよく味わ
えるように読む」という規定を引き継いでいる考え方で、「理解」と「表
現」という区分けが簡単明瞭、分かりやすくなっている。
 今回の昭和52年版小学校指導書・国語編(文部省発行・昭和53年5月)
の第5学年を見ると「音読に関する事項は、第4学年までは「理解」の領域に
位置づけられ、第5学年からは「表現」の領域に位置づけられている。つま
り、読みとった内容を聞き手にそのまま伝達するだけではなく、読みとった
内容に、自分なりに理解したことを加えて、聞き手に伝えたり表現したりす
るということである。」と書いてある。
 同じく同書の第6学年には、「ケ 聞き手にも内容がよく味わえるように
朗読すること。」の指導に当たっては、「言語事項」のア、イにも注意しな
がら、自分が読み味わうために朗読するとともに、聞き手にも内容が十分に
味わえることができるようにする。単に、他人に伝えるために朗読するだけ
ではなく、「内容がよく味わえるように」朗読することである。そのために
は、文章の深い理解がその支えになっていることを忘れてはならない。更に、
留意すべきことは、この事項が第5,6学年については、「表現」の領域に位
置づけられたことである。その背景には、朗読を、理解のための一手段にと
どめず、表現そのものとして位置付けているわけである。理解から朗読への
みでなく、朗読を通して理解へ迫るといった構想の中で、この事項をとらえ
ることが必要である。また、朗読することは、言わば、「理解」と「表現」
の二つの機能が一体となって働く活動でもある。」と書いている。
 「音読」は理解領域、「朗読」は表現領域、という二項分断の考え方につ
いて荒木は異論がある。荒木の意見は、本稿最下段・平成29年版小学校学
習指導要領・国語科に書いてある「荒木のコメント」を参照のこと。

 同じく同書の第4学年には、「第4学年の ア なまりや癖のない正しい発
音で話すこと」は、「タ 共通語と方言とでは違いがあることを理解し、ま
た、必要に応じて共通語で話すようにすること」と関係づけて指導するよい。
第3学年と第4学年においては「なまりや癖のない正しい発音で話すこと」の
指導は、習熟させることになるので、特に、共通語指導と併せて指導の徹底
を図るようにすることが大切である」と書いている。
 なまりや方言矯正の指導については、「音読」「朗読」の指導とかなり共
通した領域であるが、本稿では割愛する。
 荒木のなまり・方言矯正指導のついての見解は、本ホームページの第9章
「日本人は濁音が嫌い?」を参照のこと。下記をクリック。
http://www.ondoku.sakura.ne.jp/esseikirai.html へのリンク



      
平成元年版(1989年)
        小学校学習指導要領・国語科




 各学年ごとの国語科内容の活動区分は「表現」と「理解」、大きく二領域
となっている。また、二領域の基礎となる能力、つまり「言語事項」がそれ
ぞれの学年ごとに加わって記述されている。

第1学年「理解」
ウ 語や文としてのまとまりを考えながら音読すること。
言語事項
ア 発音及び発声に関する事項
  ・はっきりした発音で話すこと。
  ・声の大きさに気を付けて話すこと。
第2学年「理解」
ウ 文章の内容を考えながら音読すること。
言語事項
ア 発音及び発声に関する事項
  ・発音に注意して、はっきりと話すこと。
  ・姿勢、口形などに注意して発生すること。
  ・声の大きさや速さに気を付けて話すこと。
第3学年「理解」
ウ 文章の内容が表されるように工夫して音読すること。
言語事項
ア 発音及び発声に関する事項
  ・発音のなまりや癖を直すようにして話すこと。
  ・その場の状況に応じて適切な声の大きさや速さを考えて話すこと。
第4学年「理解」
ウ 事柄の意味、場面の様子、人物の気持ちの変化などが、聞き手にもよく
  伝わるように音読すること。
言語事項
ア 発音及び発声に関する事項
  ・なまりや癖のない正しい発音で話すこと。
  ・目的に応じた適切な音量や速さで話すこと。
第5学年「表現」
ウ 聞き手にも内容が分かるように朗読すること。
言語事項
ア 発音及び発声に関する事項
  ・正しい発音で話すこと。
  ・言葉の抑揚、強弱などの注意して話すこと。
第6学年「表現」
ウ 聞き手にも内容がよく味わえるように朗読すること。
言語事項
ア 発音及び発声に関する事項
  ・正しい発音で話すこと。
  ・言葉の抑揚、強弱などの注意して話すこと。

【荒木のコメント】

 今回の平成元年版の小学校学習指導要領・国語科は、前の昭和52年版・
国語科と、音読・朗読に関して大枠で大きな変化は見られない。理解=音読
=4学年まで。表現=朗読=5・6学年。という図式である。
 5・6学年の「朗読する」には、両方に「聞き手にも内容が分かるように・
聞き手にもよく味わえるように」とあり、聞き手意識が強調されている。4
年生にも、「聞き手にもよく伝わるように音読する」とあり、音読にも聞き
手を意識するようにとある。聞き手意識は、4年生の「音読」から、5・6年
生の「朗読」へと連結している。
 ざっくり言えば、「音読」は自分が理解した文章の意味内容がよく声に表
れ出るように。「朗読」は聞き手にも文章の意味内容がよく伝わるように。
という違いがある。といえる。この点、前の昭和52年版と変化は見られな
い。
 荒木の「聞き手意識」についての見解は、本ホームページ第6章の第3節
「表現よみは聞き手意識ゼロである」をお読み下さい。下記クリック。
http://www.ondoku.sakura.ne.jp/teisyou3.html へのリンク



     
平成10年版(1998年)
        小学校学習指導要領・国語科




 今回の平成10年版は、各学年ごとでなく、「第1学年及び第2学年」「第
3学年及び第4学年」「第5学年及び第6学年」と、二学年共用で指導内容
が記述され、変化している。
 国語科内容の活動区分は、「理解」と「表現」から、「話すこと・聞くこ
と」「読むこと」「書くこと」の三領域へと変化している。また、三領域の
基礎となる能力、つまり「言語事項」が二学年共用の文章記述として、それ
ぞれの学年共用に加わっている。3領域1事項に改められている。
第1学年及び第2学年「読むこと」
ア 易しい読み物に興味をもち,読むこと。
イ 時間的な順序,事柄の順序などを考えながら内容の大体を読むこと。
ウ 場面の様子などについて,想像を広げながら読むこと。
エ 語や文としてのまとまりや内容,響きなどについて考えながら声に出し
て読むこと。
言語事項
発音、発声に関する事項
  ・姿勢、口形などに注意して、はっきりした発音で話すこと。
第3学年及び第4学年「読むこと」
カ 書かれている内容の中心や場面の様子がよく分かるように声に出して読
  むこと。
言語事項
発音、発声に関する事項
ア その場の状況や目的に応じた適切な音量や速さで話すこと。
第5学年及び第6学年「読むこと」
「読むこと」の中に、低中学年にあった「声に出して読むこと」類の記述な
し。
言語事項
エ 易しい文語調の文章を音読し、文語の調子に親しむこと。


【荒木のコメント】

 今回の平成10年版は、前の平成元年版と比べて、音読・朗読に関する記
述が大きく変化している。「音読」は4学年まで「理解」領域、「朗読」は5
学年から「表現」領域という記述はない。
 音読・朗読に関しての記述が少ない。「1・2学年」と「3・4学年」に
「声に出して読むこと」が1個所あるが、「5・6学年」第5・6学年「読む
こと」の中に、低中学年にあった「声に出して読むこと」類の記述がない。
「5・6学年」の言語事項に「易しい文語調の文章を音読し」があるだけであ
る。
 この記述内容が少ないという事実は、音読朗読に限ったことではなく、今
回の平成10年版の学習指導要領全体がそうである。これには理由がある。
平成10年版小学校学習指導要領から完全学校5日制によって、年間70単位
時間の縮減、総合的な学習時間の創設などにより、教育内容の厳選が実施さ
れた。指導事項の重点化、精選が行われ、「音読は低・中学年、段落相互の
関係は中学年、人物の気持ちの読み取りは高学年で重点的に取り扱うことに
した」(平成10年版の小学校学習指導要領・国語科、解説書、文部省著)
とある。つまり、音読は低・中学年で重点指導し、高学年では軽度に扱う、
ということである。
 また、同解説書には、「従来、朗読は表現領域に、音読は理解領域に分か
れていた。今回の改訂では、両者を文字言語を声に出して読むこととし、両
者を「読むこと」の領域にまとめ、「声に出して読むこと」として位置付け
た。」とある。
 また同解説書には、「1・2学年での声に出して読むことのねらいは、主に
理解のためということが中心となる。「語や文としてのまとまりや内容,響
きなどについて考えながら声に出して読むこと」とは、はっきりした発音で
文章を読むことができるようにするとともに、意味内容が明瞭になるように、
拾い読みでなくひとまとまりの語や文として読むことができるようにする」
と書いてある。
 また、同解説書には、「3・4学年での声に出して読むことのねらいは1・2
学年と同様に理解を主たる目的とするものである。
 「書かれている内容の中心や場面の様子がよく分かるように声に出して読
むこと」における「よく分かるように」とは、自分でも内容がよく分かると
ともに、相手にもよく分かるように読むということである。「中心や場面の
様子がよく分かる」も、区切り目や大事な言葉が明瞭に表されているという
ことであり、十分な理解が前提となるものである。理解が目的となるので、
大げさな抑揚や必要以上の感情をこめた表現には留意するようにしたい」と
書いてある。
 同じく、「5・6学年では、読書指導における、目的の応じて音読や黙読、
速読や比べ読みなど、さまざまな読み方を適宜用いるようにする」と書いて
ある。読み取り指導でなく、読書指導における音読や黙読の指導などについ
て書いてある。
 今回の平成10年版では、「読むこと」の中に、1〜4年生に「声に出し
て読むこと」があり、1〜6年生に「音読」や「朗読」の語が使われて書か
れていない。言語事項に「文語調の文章を音読」とあるだけである。この点、
今回の平成10年版要領の指導事項の重点化、精選が行われている証拠を見
てとれる。



     
平成19年版(2007年)
        小学校学習指導要領・国語科




  各学年ごとでなく、「第1学年及び第2学年」「「第3学年及び第4学
年」「第5学年及び第6学年」と、二学年共用で指導内容が記述されている
のは、前の平成10年版と同じである。
 内容の活動領域も 「話すこと、聞くこと」「書くこと」「読むこと」の
三領域で記述されている。これも前の平成10年版と同じである。それに三領
域を通して指導するものとして「伝統的な言語文化と国語の特質に関する事
項」がある。3領域1事項も同じである。前の「言語事項」に「伝統的な言
語文化」が新たに挿入語句として加わる。「国語の特質」とは、いわゆる言
語事項(言葉の特徴やきまり・語句・文法・文字・書写など)である。

第1学年及び第2学年「読むこと」
ア 語のまとまりや言葉の響きなどに気を付けて音読すること。
伝統的な言語文化に関する事項
ア 昔話や神話・伝承などの本や文章の読み聞かせを聞いたり、発表し合っ
  たりすること。
第3学年及び第4学年「読むこと」
ア 内容の中心や場面の様子がよく分かるように音読すること。
伝統的な言語文化に関する事項
ア 易しい文語調の短歌や俳句について、情景を思い浮かべたり、リズムを
  感じとりながら音読や暗唱をしたりすること。
第5学年及び第6学年「読むこと」
ア 自分の思いや考えが伝わるように音読や朗読をすること。
伝統的な言語文化に関する事項
ア 親しみやすい古文や漢文、近代以降の文語調の文章について、内容の大
  体を知り、音読すること。

【荒木のコメント】

 前の平成10年版では、完全週休5日制の実施や総合的な時間の創設によっ
て総時間数が縮減した。結果、基礎学力が低下したと世の批判をあびた。ま
た、PISA型読解力の導入すべきという教育動向もあり、国語の授業時間
数が増加し、指導すべき内容量も増加した。国語科時間数では、1・2学年は
35時間増加、3・4学年は10時間増加、5・6学年は従来を維持、となった。
 音読・朗読に関しては、1・2学年と3・4学年に「音読すること」とあ
り、5・6学年には「音読や朗読をすること」とある。前の平成10年版では
5・6学年には「音読・朗読」の事項(語句)がなかった。
  今回は、5・6学年に「音読や朗読をすること」と、「音読・朗読」の両
方が書いてある。これまで高学年には「朗読」はあったが、「音読」はなか
った。今回は、従来にはなかった高学年にも「音読」と書いてある。どうい
う理由で高学年に「朗読」でなく、「音読」も入っているのか。
 前の昭和52年版や平成元年版の、【理解=音読=4学年まで。表現=朗
読=5・6学年】という図式とは大きく違っている。これは内容の活動領域が
「表現」と「理解」から「話すこと、聞くこと」「書くこと」「読むこと」
の三領域へと変化し、「理解」と「表現」でなくなったから、「読むこと」
になったから、「理解」「表現」領域の「音読」と「朗読」とが入ったのだ
ろうか。あるいは、音声表現は「理解」と「表現」との一体化したものだか
ら、こうなったのだろうか。
 いずれにせよ、学習指導要領における「音読」「朗読」の概念内容がゆれ
ている、あいまいである、一定していない、その時々で重点化した指導内容
で規定された概念内容がゆれている。見方を変えれば、その時々で都合のい
いように「音読」「朗読」が使われている。
 新たに加わった「伝統的な言語文化」(前の平成10年版にも、言語事項に
「文語調の文章を音読」があったが)には、「音読する」と「暗唱する」が
書かれている。これは、中央教育審議会の「改善の具体的事項」にあった
「言語文化としての古典に親しむ態度を育成する指導については、易しい古
文や漢詩・漢文について音読や暗唱を重視する」という答申を受けたものだ
といえる。3・4学年には「易しい文語調の短歌や俳句について、情景を思い
浮かべたり、リズムを感じとりながら音読や暗唱をしたりする」とあり、
5・6学年には「親しみやすい古文や漢文、近代以降の文語調の文章について、
内容の大体を知り、音読すること」とある。
 音読や暗唱の指導で重要なことは、「音読や暗唱」をすることが大切なの
ではなく、「情景を思い浮かべたり、リズムを感じとりながら」「内容の大
体を知り」という、「音読する。暗唱する」にかかる、この連用修飾語部分
の指導が特段に重要なのである。ただ「読め、読め」「暗記せよ、暗記せよ。
明日までの宿題だ」などという、がむしゃらな強要指導は絶対にあってはな
らない。易しい文語調の短歌、俳句、唱歌、かるた、ことわざなど、現代語
の読み物で大体の意味を知り、いいなあ、すてきな表現だなあ、場面がいい
なあ、などと、コトバの響き合いとリズムを味わい、楽しむのは大いに奨励
されてよい。
 5・6学年の「親しみやすい古文や漢文、近代以降の文語調の文章を音読
するなどして、言葉の響きやリズムに親しむこと」も同様である。古文、漢
文、近代定型詩などで心地よいリズム、文章世界と饗応して身体ごとに響か
せたコトバの響きを味わい、楽しむのは大いに奨励されてよい。

 「暗唱」指導については、本ホームページの第10章「名文の暗唱教育に
ついて」全体を参照のこと。
 荒木の「暗唱」指導の実践例については、第10章にある「浸り読みで言
語感覚を育てる(1)(2)」を参照のこと。下記をクリック。
http://www.ondoku.sakura.ne.jp/essehitariyomi.html へのリンク



     
平成29年版(2017年)
        小学校学習指導要領・国語科




 各学年ごとでなく、「第1学年及び第2学年」「第3学年及び第4学年」
「第5学年及び第6学年」と、二学年共用で指導内容が記述されているのは、
平成10年版・平成19年版と同じである。
 内容の活動領域も「話すこと、聞くこと」「書くこと」「読むこと」の三
領域であり、平成10年版・平成19年版と同じである。
 内容記述の枠組みは違っている。「知識及び技能」と「思考力、判断力、
表現力等」と大きく二区分となっている。「知識及び技能」には、「言葉の
特徴や使い方に関する事項」つまり、従来の「言語事項」と、「情報の扱い
方に関する事項」「わが国の言語文化に関する事項」の三つが含まれている。
 「思考力、判断力、表現力等」には「話すこと・聞くこと」「書くこと」
「読むこと」が含まれている。

 以下、「音読」「朗読」「暗唱」に関する個所だけ引用する。
「音読」は1〜4学年に、「音読」と「朗読」は5・6学年に書いてある。
「暗唱」は、平成19年版と同じく3・4学年の「言語文化に関する事項」に
書いてある。
第1学年及び第2学年「知識および技能」
言葉の特徴や使い方に関する事項
ク 語のまとまりや言葉の響きなどに気を付けて音読すること。
言語文化に関する事項
ア 昔話や神話・伝承などの読み聞かせを聞くなどして、我が国の伝統的な
  言語文化に親しむこと。
第3学年及び第4学年「知識および技能」
言葉の特徴や使い方に関する事項
ク 文章全体の構成や内容の大体を意識しながら音読すること。
言語文化に関する事項
ア 易しい文語調の短歌や俳句を音読したり暗唱したりするなどして、言葉
の響きやリズムに親しむこと。
第5学年及び第6学年「知識および技能」
言葉の特徴や使い方に関する事項
ケ 文章を音読したり朗読したりすること。
言語文化に関する事項
ア 親しみやすい古文や漢文、近代以降の文語調の文章を音読するなどして、
  言葉の響きやリズムに親しむこと。

【荒木のコメント】

  第5・6学年に「文章を音読したり朗読したりすること」とある。前の平
成19年版と同じに第5・6学年に「音読」と「朗読」との二つがある。「音
読」と「朗読」との概念規定の違いはどこにあるのだろうか。これまでに学
習指導要領には「音読」「朗読」が、その時々でいろいろと変化して使われ
てきた。「音読」と「朗読」、二つの概念の違いはどこにあるのだろう。こ
れについては、平成29年度小学校学習指導要領国語科編の「解説書・文部科
学省発行」に下記のように書いてある。

 音読では、これまでに身に付けてきた、声の大きさや抑揚、速さや間の取
り方といった音読の技能を生かすことが重要である。
 朗読は、読者として自分が思ったことや考えたことを踏まえ、聞き手に伝
えようと表現性を高めて、文章を声に出して読むことである。音読が、文章
の内容や表現をよく理解し伝えることに重点があるのに対して、朗読は、児
童一人一人が思ったり考えたりしたことを、表現性を高めて伝えることに重
点がある。 123ぺ


 上の引用は5・6学年の個所の解説書に書いてある「音読」と「朗読」との
違いである。1・2学年は「語句のまとまりや一文ごとのまとまりに留意し
て音読する」、3・4学年は「文章全体の構成・内容に留意して音読する」で
ある。
 上を読むと、従来(昭和52年版から)の「音読は理解、4年まで」「朗読
は表現、5年から」という大枠の考え方に変更が加えられていることが分か
る。今回の要領には、「1〜4学年まで音読」、「5・6学年は音読と朗読」
となっている。昭和22年版(試案)は、「音読」は「黙読」に対するもの
であった。「黙って読む」に対して「声に出して読むこと全て」が「音読」
であった。その後、「音読」と「朗読」との概念規定はさまざまに変化して
使用されてきたことは、本稿の冒頭(昭和22年版(試案))からここ(平
成29年版)まで、本稿でこまごまと書いてきたとおりである。
 上記引用の解説には、「音読」は、抑揚・声量変化・遅速変化・間の取り
方など、音声変化の技術面の指導をして「文章の内容や表現をよく理解し伝
えることに重点がある」と書いてある。「朗読」は、「児童一人一人が思っ
たり考えたりしたこと」、つまり読みとった思い(場面・感情)を聞き手を
意識して表現性を高めて相手に伝えることに指導の重点があると書いている。
 しかし、わたしはこれに問題性を持つ。「文章の内容や表現をよく理解し
伝える」(音読)は、「児童一人一人が思ったり考えたりしたことを、表現
性を高めて伝える」(朗読)ことでもある。その逆も真なのです。子どもの
実際の読み声を聞いて、これは理解に重点をおいた段階の「音読」だ、これ
は表現の段階に重点をおいた「朗読」だ、などと区別がつけられるだろうか。
そんなことはできない。
 読み声はすべて「表現」である。理解しつつある過程や、理解した結果を、
すべて「表現」している。理解と表現とは常時、往復矢印で相互浸透関係の
一体化している弁証法過程の言語行為である。音声表現はすべて根底に理解
が存在しており、それを音声にのせて表現しているのだ。「音読」と「朗
読」とは、実際の学習場面においては、共通し重なっており、むしろ積極的
に重ねて(同じものとして)指導していく、読んだり発表したりしていく、
これが現実の姿である。
 実際に表現している読み手は、自分の読み声を耳で聞きつつ、読み声の
トーンをそのまま進展・延長させたり修正したりしつつ声に出している。
「今の読み声は、いい線、いってる。今の読み声は、ちょっとまずい。修正
を加えなくちゃ」など。これが実際の音声表現の現実意識の姿である。実際
に音声表現している意識の、時間の流れでは明確な「理解」と「表現」との
重点の置き方の差異や区別などはない。「理解」と「表現」とは、裏表の相
互浸透かつ同時進行の関係である。こうしたことは実体験を重ねてみないと
分からない。実体験を重ねた人間だから分かる。「理解」の読みと「表現」
の読み、この二つを区別できると主張する人がいるならば、二つの区別のつ
いた実際の読み声を聞かせてほしい。授業を見せてほしい。
 実際の表現よみ授業では、文章内容を「理解」したことの話し合いと、音
声で「表現」したことの話し合いと、両方のからみ合いの中で進行していく。
学習指導要領は「表現」中心の、「表現」に重点をおいた話し合いを「朗読」
だとする。表現よみは「理解と表現との相互浸透関係」の話し合いで進行し
ていくとする。これは低学年でも高学年でも同じで、差異はない。
 学習指導要領や解説書の執筆者たちは、どれだけの期間、実際に声に出し
て音声表現の練習・訓練をしているのだろうか。教室実践を重ねてきている
のだろうか。実際の体験から出た言葉でなく、明治時代からの「音読」「朗
読」の言葉があるので、それを都合よく操って、頭だけで考え出した机上論
の記述のように、わたしには思えてならない。
 わたしは、こうしたあいまいな、わずらわしい「音読」「朗読」の言葉を
使うのでなく、「表現よみ」という言葉、これ一本にするのがよいと考えて
いる。それを昭和54年から提案している。拙著『表現よみ入門』(昭54、
一光社)参照。
 これについての、わたしの見解は、本ホームページの第8章、「児童言語
研究会の音読・表現よみについて」にも書いている。下記をクリック。アプ
ローチのしかたは違うが、結論は同じに到達する。
http://www.ondoku.sakura.ne.jp/jigenrodohiyo.html へのリンク

 今回の平成29年版学習指導要領には、第1・2学年には、語句のまとまり
や一文ごとのまとまりに留意して音読する、第3・4学年には、文章全体の
構成・内容に留意して音読する、第5・6学年には、音読したり朗読したり
する、と書いてある。

 昭43年版から「音読」は「小1から小4まで」、「朗読」は「小5から
中学へ」という学年区分の規定が書かれている。昭52年版から「音読」は
「理解領域」、「朗読」は「表現領域」という領域区分が書かれている。平
19年版からは「小5・小6」は「朗読」でなく、「音読と朗読」と、若干
の変更が加えられている。これが平29年版指導要領(現行)へと続いてい
る。
 こうした「音読」と「朗読」の概念の区分けは現実的・実際的でないと、
わたしは思う。こうした「音読」と「朗読」の概念区分けは、子ども達の読
み声の実態・実相を正しく反映してない言葉だと思う。このことは授業中の
子ども達の実際の読み声を聞いてみればすぐに理解できる。
 本ホームページの下記の授業中の子ども達の実際の読み声録音を耳にして
みよう。そうすれば、「音読」と「朗読」との「区分けができない、区分け
はない」という現実に出会うはずだ。こうした実態は、小学生だろうと、一
般成人だろうと同じである。この読み声は「音読」だ、この読み声は「朗
読」だという区別・判定は困難である。両者の区別は、そんなに簡単、安直、
平易なものではない。それは両者が交差・混交しているからだ。両者の読み
声がゴタマゼになっているからだ。
 下記の授業録音の読み声は、小1から小3の児童たちだ。学習指導要領は
小1・2・3学年は「音読」と区分けしているが、これら実際の読み声を耳
にして、これは「音読」の読み声だ、これは「朗読」の読み声だと区別でき
ないことが理解できるだろう。

 第18章 「チックとタック」(小学1年生の読み声録音)
http://www.ondoku.sakura.ne.jp/180302.html へのリンク
 第18章 「たんぽぽのちえ」(小学2年生の読み声録音)
http://www.ondoku.sakura.ne.jp/180401.html へのリンク
 第18章 「夕だち」(小学3年生の読み声録音)
http://www.ondoku.sakura.ne.jp/180201.html へのリンク
 第19章 「モチモチの木}(小学3年生の読み声録音)
http://www.ondoku.sakura.ne.jp/190101.html へのリンク
 第19章 「つり橋わたれ」(小学3年生の読み声録音)
http://www.ondoku.sakura.ne.jp/190302.html へのリンク

 「音読」「朗読」という言葉は、教育界だけでなく、日本の一般社会に広
く使用が認められている。使用不可にすることは簡単なことではない。しか
し、既成のパラダイムのコアな共同体概念から転換するゲーム・チェンジの
技術革新が今や求められている言葉だと、わたしは思う。
 したがって、学習指導要領で各学年の重点指導内容を文章記述するとき、
その文末を、「……音読すること」「……朗読すること」でなく、「……表
現よみすること」または「……音声表現すること」にするのがよいと、わた
しは主張したい。

 今回の平成29年版は、いっそう「伝統的な言語文化」が重要視して取り
上げられている。また、急速な情報化社会の進展により「情報の扱い方」も
新たに取り上げられている。
 「伝統的な言語文化」の3・4学年には、「易しい文語調の短歌や俳句を音
読したり暗唱したりするなどして、言葉の響きやリズムに親しむこと」と書
いてある。これらの教材文は易しい文語調の短歌、俳句、かるた、ことわざ、
唱歌の歌詞などのことであろう。がむしゃらな暗唱強要指導でなく、楽しん
で、575や57577のリズム、言葉のリズムの響きを楽しむ指導であれ
ば大いに奨励されてよい。ただのまる暗記、理解の伴わない、機械的な暗記
のための暗記、それの強要指導、子ども達はたまったものではない。
 5・6学年の「親しみやすい古文や漢文、近代以降の文語調の文章を音読す
るなどして、言葉の響きやリズムに親しむこと」も同様である。古文、漢文、
近代定型詩などで心地よいリズム、文章世界と身体とリズムが饗応し、から
だ丸ごと響かせたコトバのリズムを味わい楽しむ、こうした指導は大いに奨
励されてよい。



            
参考資料


昭和ヒトケタ年代の音読・朗読指導の様子
 本ホームページの第9章の「昭和初期の朗読指導と児童読み声の実態」を
参照。下記をクリック。
http://www.ondoku.sakura.ne.jp/syouwasyokinoondokusidoutoyomigoe.html
へのリンク


昭和10年代の音読・朗読指導の様子
 昭和10年代は、日中戦争から太平洋戦争へ突入し、戦争が激化し、敗戦を
迎える時期である。「尋常小学校」は「国民学校」と改められ、戦時体制に
即応した皇国民錬成のための「皇国民育成」の「国民学校」となった。大東
亜建設、大政翼賛、国体護持、戦意高揚、挙国一致、一億一心の皇国民精神
育成の教育システムへと移行していった。
 国語授業における読本の読み声は、一億一心の精神高揚がねらいなので、
意味内容の表現性は軽視され、声高で、キンキン声の、ずらずら読みの一本
調子がよいとされた。国語授業では学級全員が文章を声をそろえて読み上げ
る一斉音読(斉読)がさかんだった。これが一億一心の皇国民(少国民)育
成の教育目的と合致した。
 当時は、民家の軒下を通ると、子どものカン高い読本読みの声が聞こえて
きたものだ、とよく言われる。わたし(荒木)は当時、就学前の幼児期であ
ったが、こうした風景がよく見られたものだ。そうした記憶が多くある。民
家の軒下の道路を通ると「いま、だれのお兄ちゃんが本を読んでいる」と気
づいた記憶は多い。
 また当時は、国語授業において「群読」という発表形式が戦意高揚と国民
的精神醇化(国民的思考感動)のための国策教育として奨励された。これに
ついては、拙著『群読指導入門』(民衆社、2000)に詳述している。「太平
洋戦争下の群読指導」の章を参照されたい。

 昭和20年8月15日、敗戦を迎えた。国土は焦土と化した。敗戦後の混乱と
瓦解から立ち直ろうとして、新しい学校教育の方向が示されたのが「昭和
22年版(試案)学習指導要領・文部省」であった。敗戦前は、学習指導
要領という言葉はなく、それに代わる『教授要目』というのがあった。
 本稿の最上段へ戻る。


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