音読授業を創る  そのA面とB面と     07・12・15記



  「支度」の音読授業をデザインする



●詩「支度」(黒田三郎)の掲載教科書……………………………教出6下



             支度
               黒田三郎

          何の匂いでしょう
          これは

          これは春の匂い
          真新しい着地(きじ)の匂い
          真新しい革の匂い
          新しいものの
          新しい匂い

          匂いのなかに
          希望も
          夢も
          幸福も
          うっとりと
          浮かんでくるようです

          ごったがえす
          人いきれのさなかで
          だけどちょっぴり
          気がかりです
          心の支度は
          どうでしょう
          もうできましたか



        
作者(黒田三郎)について


  黒田三郎(くろださぶろう)1919年〜1980年。詩人。広島県生
まれ、父の故郷鹿児島市で育つ。東京大学卒業後、NHK記者などをした。
  詩集「失われた墓碑銘」「小さなユリと」「もっと高く」など。


            
教材分析


  この詩の中で、語り手(作者・黒田三郎さんでもよい)がいちばん言い
たかったことは最後の三行でしょう。「あなたは心の支度(準備)はできて
いますか」ということではないでしょうか。
  この詩は、いろいろな場面(ケース)に適用できます。中学校に進学す
る直前の六年生へ、高校に進学する直前の中学三年生へ、入社式を迎えよう
としている大学四年生へ、結婚式をもうすぐ迎えようとしている若い男女
へ、赤ちゃんの誕生を迎えようとしている夫婦へ、スポーツの試合がせまっ
ている選手たちへなど、それぞれの場面(ケース)に適用できますね。

  この詩「支度」は、六年生国語の三学期のいちばん最後に配当されてい
る教材です。この詩を読む六年生は、時期からして当然に中学校へ進学する
心構えと重ねて読みとることになるでしょう。その他、個人的にはいろいろ
あるでしょうげれども。
  この詩の語り手は、読み手に向かって語りかけています、問いかけてい
ます。そのような文体(書かれ方)になっています。「あなたは中学校へ進
学する心の支度(準備)はできていますか。もう、じゅうぶんに大丈夫です
か?」と問いかけています、尋ねています。答えを要求しています。そんな
文体(書かれ方)の詩です。

  第一連は倒置文です。「何の匂いでしょう」を前に置いて、「これは」
と言っています。冒頭で「何のにおいでしょう。」を特立させて、強調させ
て問いかけて、それから「これは」と書いています。
  第二連も、第三連も、語りかけ、問いかけの文体を引きずった書き方に
なっています。「浮かんでくるようです」も語りかけの意図が含みこまれて
いる書かれ方です。
  第四連では、「ちょっぴり気がかり」と、表層では遠慮した言い方をて
いますが、深層ではかなり強制した言い方の表現になっている文だと言えま
しょう。読み手に「たぶん心の支度ができていないでしょう。ちゃんとした
心構えで準備をあれこれ始めてなければいけませんよ。十分な準備を始めま
しょうね。早急に完了させよう。もし、できていなかったら、早速、今から
始めましょう」と誘いかけています、要求しています。
  まだ心の支度ができていないことを分かって、語りかけている言いぶり
です。語り手の心の思いは多分こうでしょう。「みなさんは、その日その日
をのんべんだらりと、のほほんと過ごしていることでしょう。毎日を、ばた
ばたと、あくせくして、ふわふわした気持ちで過ごしていることでしょう。
落ち着きなく、何の当て(目標)もなく、その日その日をなんとなく過ごし
ていることでしょう。」
  六年生児童が卒業を迎える時期に、この詩を学習することはとても教育
的に意義があることです。この詩を学習することで、改めて自分の現実を振
り返り、中学進学への新たな心構えを作る契機を与えることになるでしょ
う。



           
音声表現のしかた


第一連
  この詩全体を、問いかけ、語りかけ音調で音声表現します。
  「何の匂いでしょう」の文末をしり上がりにして、聞き手にはっきりと
問いかけている音調にして読みます。
  「これは」は主部ですから、第一行につながる心持の音調にして読みま
す。「これは」と読んだあとに、次に述部「何の匂いでしょう」があるみた
いに、次へ繋がっていく音調にして読んで、その心持で終止します。思いは
残して(繋げて)、きっぱりとそこで止めた・終止した読み方にします。

第二連
  「春の匂い」「着地の匂い」「革の匂い」の三つは並置されています。
これら三つがならんでいることが分かる音調にして読みます。つまり、三つ
の、一つ一つの行をはっきりと並べて音声表現する音調にして読みます。
  「新しいものの / 新しい匂い」は、前の三つをまとめ、整理したつ
もりの、そうしたまとめる心構えをもって音声表現していくようにします。
前の三つに更に付け加える気持ちをこめて、そこでおしまいにして、止める
気持ちをこめて音声表現していくようにします。

第三連
  「匂いのなかに」を転調して、新しく起こす気持ちを込めて読み出しま
す。つまり、「匂い」の「に」を高い声立てにして読み出します。
  「匂いのなかに / 希望も / 夢も / 幸福も / うっとりと /
 浮かんでくるようです」は、意味内容ではひとつながりです。ひとつなが
りの意識でひとまとまりに音声表現します。しかし、ひとまとまりを、ずら
ずらと一気に読んではいけません。全体が六行に改行して記述してありま
す。一つ一つの行末で軽く間をあけて読むことは当然です。一つ一つをはっ
きりと、はぎれよく、目立たせて音声表現します。
  各行末「なかに、も、も、も、と、ようです」の下では、間をあけるこ
とはもちろん、これらの語句はほんの少し高めの声にして強調した音声表現
にするとよいでしょう。

第四連
  各行末でそれぞれ間をあけますが、意味内容の切れ続き具合で間のあけ
かたの長短が決まってきます。
  下記の記号は、「/」は間が一つ分、「//」は間が二つ分、「///」は間
が三つ分です。

      ごったがえす /
      人いきれの / なかで ///
      だけど / ちょっぴり //
      気がかりです ///
      心の支度は /
      どうでしょう ///
      もうできましたか ///

  第四連は、語り手が聞き手に語りかけ、問いかけている、はっきりした
文体になっています。「だけど」は強く高く、「ちょっぴり」は低く小さ
く、「どうでしょう」はしり上がりに問いかけて・聞いているように、
「もうできましたか」は、柔らかさの中に強い主張をこめた念押しの音調に
して読むとよいでしょう。



           
参考資料(1)


  小海永二(元横浜国大教授)は、この詩について次のように書いていま
す。

ーーーーー引用開始ーーーーーーーーー

  春がやってくると、心がうき立ってくるような気がします。野も町も明
るく光に満ち、あたりにはいつの間にか色とりどりの美しい花がさき出し、
それに気づくと気持ちがぱあっと開けてきます。風も、まだ冷たさを残しな
がら、はだに優しくそっとふれてくるようです。そして、その風の中には、
かすかに、何かしら新鮮なにおいが感じられます。そのにおいは、何のにお
いなのでしょう。
  春は新学期の季節です。新しい一年生たちは、新しい洋服を着、小学生
だったら新しいランドセルを背負い、中学生だったら新しい手提げかばんを
持ち、これからの新しい生活に胸をおどらせています。洋服の「真新しい着
地の匂い」、ランドセルやかばんや革靴などの「新しい革の匂い」、そして
ピッカピカの一年生を取り巻くすべての「新しいもの」「新しい匂い」……
それらはみんな「春の匂い」です。
  新しい一年生たちだけでなく、在校生たちも、新学期に向かって、それ
ぞれ新しい夢や希望をいだいていることでしょう。快い「春の匂い」の中に
は、人をうっとりさせる幸福な気分がうかびただよっているようです。
  でも、そのようにうっとりと幸せな気分にひたっているだけでよいので
しょうか。春のにおいにさそわれて出歩く人々、そのなかに交じっている小
学生や中学生たち。「ごったがえす」「人いきれの」の中を歩きながら、作
者は、ふと「気がかり」になるのです。みんな新しい生活をむかえる心の準
備のほうはできているのだろうか、と。
  早春の季節感を背景に、新しい生活に向かって進んでいく子ども達を祝
福しながら、ちょっぴり「心の支度」をも呼びかけている詩です。

小海永二著『眼で見る日本の詩歌13』(ティビーエス・ブリタニカ発行、
1982)より引用


ーーーーー引用終了ーーーーーーーーー




           
参考資料(2)


  下記の詩は、「支度」と同じ作者・黒田三郎さんの詩です。わたし(荒
木)が高校生だったときに大好きだった黒田三郎さんの詩です。
  高校生だったとき、なぜか、わたしの肌(心理感情状態)にぴったりと
フィットした、大好きだった詩です。わたしが高校生のとき、繰り返し読ん
だ詩です。
  この詩を今、読むと、高校生時代に回帰したような気持ちになります。
今、読んでも「いいなあ」と思う詩です。


          眠れ隣人達よ
                 黒田三郎

      怒りっぽい一日のあとに
      もの静かな夜がくる
      猫の去った屋根の上に
      蒼白い大きな月が出る

      眠れ隣人達よ
      見栄坊でけちんぼで
      そのくせおだてにだけうまくのる
      未亡人よ眠れ
      猫撫声で電話をかける
      縁無し眼鏡の
      ブローカーよ眠れ
      大酒飲の大工よ眠れ
      いさかいと
      がやがや騒ぎと
      わけの分からない忙しさのあとで
      眠れ隣人達よ

      影の上に重なる影
      蒼白い
      大きな
      月の下で
      世界は大きな影になる
      影のなかに消えた
      僕の親愛なる隣人達よ
      影のなかで
      見栄坊の未亡人が夢をみる
      大酒飲の大工が夢をみる
      猫撫声のブローカーが夢をみる

      夜の仕事に疲れ果てたぼくの手に
      ふと苦しげな寝言の声が入る
      そのまま無惨にとぎれてしまったあとの
      とりかえしのつかない静寂


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