父母と教師に役立つ学級懇談会の話材集    2015・2・23記




     
コトバの力の伸ばし方




 ヘレン・ケラーは、コトバを獲得することによって、動物(野獣)のよう
な日常生活から人間の知的な世界へと高まることができました。ヘレン・ケ
ラーが初めて知ったコトバは「water」だったと言われています。
 人間はコトバを獲得することによって相手と通達することができ、客観世
界を深く認識思考することができます。また、新しい世界を創造することが
できます。人間は、コトバ(言語)を獲得することによって人間世界を豊か
に繁栄させてきました。
 人間のアタマをよくするには、コトバの力を高めることが重要だというこ
とが分かります。語彙を豊富にして、正しい文の形で、論理的に表現する力
が大切です。相手に分かりやすく自分の考えを伝える力、相手の考えをすば
やく聞きとる力、客観世界を論理的に認識し、人間世界に役立つものを創造
する力など、これらはすべてコトバ(言語)の働きが始源となっています。

 次に、父母がわが子にどうコトバの力を高めていけばよいか、どんなこと
に気をつけて指導していけばよいか、について述べていきます。



  
(その1)コトバの力を高めると、
        アタマの働きがよくなる



 大久保忠利(言語学者)さんは、言語は人間の意識に直結していると述べ
ています。言語は人間の意識、つまり、人間のあらゆる精神活動に直結して
いるのです。寒い、冷たい、痛いなどと知覚したり、何かを思い出したり、
計算したり、小説を読んで物語世界をありありと思い浮かべたり、これから
の行動のしかたを考えたりする時、すべてその意識にはコトバ(言語)が参
加しているということです。
 人間が、どんな性格であるか、どんな人格であるか、どんな物の見方・考
え方・感じ方をするかは、その人間がどんな言語体系を持っているか、どん
な言語の使い方をするか、どんなコトバづかいをするか、どんな表現のしか
たをするかを分析すれば分かってきます。文は人なり、とはよく言われてい
ます。
 文が作られるには、その人間の意識(精神活動や生理活動)と直結してい
るということです。人間を変えるには、その人間の言語体系や言語の使い方
や表わし方を変えることだとも言えます(これは形式面で、内容面では個々
で違うが)。
 子どものコトバの力を高めることは、子どもの意識活動(精神活動や生理
活動)を高めることになります。特にコトバを道具として意識活動を行う、
物事を認識する力・思考する力を高めることです。認識とか思考とかの意識
活動は、コトバを道具として行う活動です。ですから、コトバの力を高める
ことは、アタマの働きのカナメである道具(コトバ)の働きの力を高めるこ
とだとなります。つまり、コトバの力を高めることは、人間のアタマの回転
をよくすることにつながります。
 加藤秀俊(評論家)さんは、次のように書いています。

 ことばをおぼえる、ということはそれだけ人間の経験内容がゆたかになり、
精神生活が活発化する、ということである。子どもが、あらゆるものごとに
興味をもち、ひとつひとつ、ことばをおぼえるよろこびに顔をかがやかせる
のは、ことばによって、より深く広く世界を理解することができるようにな
るからだ。ひとつのあたらしいことばをおぼえることで、それ以前とまった
くちがう世界像がひらけ──そういう経験をわれわれは例外なく子ども時代
の思い出としてもっている。
                加藤秀俊『自己表現』中公新書より



 
(その2)子どもの言語発達には
           三つの水準がある


 小林喜三男(児童言語研究会)さんが提唱した言語発達の三水準というの
があります。

☆第一水準の言語は「行動密着言語」である☆

 子どもが遊んでいる時に話しているコトバを聞いてみよう。それ、投げる
ぞ。かっこいい。ずるい、ずるい。だめ。早く。ちょうだい。逃げろ。走れ。
そっちだ。──などのコトバが飛び交っていますね。このような自分が今、
実際にしている行動とともに語られるコトバ、現実の自分の行動とくっつい
ている時だけでしか語れない段階の言語発達の水準があります。この水準の
コトバは、反射的な反応コトバ、断片的な叫びのコトバ、間投詞的なカタコ
トのコトバ、という特徴があります。
 この言語水準では、あとで自分の行動を思い出して語ろうとしてもきちん
とした言語表現ができない水準です。自分が現実に行動しているその行為と
密着してしか言語表現ができない水準の言語です。ですから、これは低い言
語の水準ということができます。このような水準の言語を「行動密着言語」
といいます。遊びの中で使う言語の多くは「行動密着言語」です。
(詳細は、小林喜三男・荒木茂編『論理的思考を高める表現指導』一光社)
を参照のこと。)
 子どもたちの日常の遊びの中で、現実行動と密着して語られる反射的、断
片的なカタコトのコトバ、これは教室であらたまった話し(筋道だった話
し)をする時に語られるコトバの水準や、自分の考えを説得的論理的に主張
する時に語られるコトバ水準とは大きな落差があります。
 あなたのお子さんが、このような断片的、間投詞的なカタコトのコトバ、
つまり「行動密着言語」でしか相手の伝達できないとしたら悲しいことです
ね。
 このようなカタコトのコトバでしか相手に伝達できない原因はどこにある
のでしょうか。
 子ども達が最もひんぱんに接しているテレビのアニメ漫画のコトバに大き
な影響を受けていることが考えられます。アニメ漫画のキューババン、ガリ
ガリプシュー、ゲッ。むぎゅ。うわわっ。ほよ。んなっ。うりゃあああ。が
ああ。びくうっ。ひいーっ。など。また、子どもたちの遊びの世界では、場
面によりかかって、一語表現でも十分に意思が通ずることにもあります。


☆第二水準の言語は「表象言語」である☆

 これは自分の現実の行動と密着していなくても、あとで自分の行動を想起
してこコトバにして話すことができる言語の水準です。野球で遊んだことを
話すとするなら、「山田君がヒットを打って、ファーストに行って、シュー
トがエラーをして、山田君がサードまで走って、まだサードにボールがこな
いから、また走って、山田君がホームランになってしまったの」のように、
自分の行動をじゅんぐりに、思い出すままに行きつ戻りつしつつ「……して
……して……して」と語ることができる段階の発達水準です。
 母親が「今日、公園で、だれと、どんな遊びをしたの?」と問いかけると、
自分の行動をはじめから順序よくたどって、それから、それから、とアタマ
に浮かぶままに断片的に話すやりかたです。それでも「行動密着言語」より
は上位の水準にあると言えます。
 あなたのお子さんがどんな話し方をしているでしょうか。お子さんの話し
に耳を傾けてみましょう。どんな水準にあるでしょうか。次の知性言語の水
準に高まっていれば合格です。


☆第三水準の言語は「知性言語」である☆

 高次に高まった言語水準とは、「知性言語」です。「知性言語」とは、論
理的で筋道のある話しができる水準です。「山田君がホームランを打ちまし
た。ほんとはヒットだったのですが、ショートがエラーをしたので、ホーム
ランになってしまいました。」のようにです。初めに結論を言い、次にその
理由を言っています。このように「知性言語」とは、そのわけは、まとめる
と、つまり、だから、簡単に言うと、なぜなら、くわしく言うと、など因果
関係を示すコトバを使って、首尾一貫性のある話し方や、論理的な主張がで
きる話し方のことです。子どもが口ケンカで論理的に理路整然と主張する、
母親が成程と思うような理屈を並べてわが子が語るようになった、などはよ
ろこぶべきことです。屁理屈ばかり達者にになった、などと陰口をたたく必
要はちっともありません。


☆母親は知性言語を使おう☆

 「行動密着言語」や「表象言語」の低位の水準でも、ふだん遊んでいる友
だち仲間や家族同士のあいだでは共通の了解ができています。コトバを多く
費やさなくても、断片的な言語表現でも、その内容は理解できます。「行動
密着言語」や「表象言語」の水準でも伝達は仲間うちではなんとか間に合い
ます。
 しかし、その場にいる人たち相互に共通の了解がないことを話す場合や、
未知の人と話したり、物事に筋道をつけて論理的に話したり、抽象的な創造
的な思考をしなければならない場合には、「知性言語」が必要となります。
 母親が家庭の中で子どもに語るコトバが、起きろ、食べろ、勉強しろ、寝
ろ、片付けろ、早くやれ、などですましていることはないでしょうか。これ
ではいけません。母親は、子どもにきちんとした理屈コトバで語るようにし
ましょう。母親のコトバが、お子さんの言語発達に大きな影響を与えること
になります。
   これは、こういうわけで、こうなのです。
   こうすれば、こうなるのです。
   こうしなかったから、こうなったのです。
   こうだから、こうするとよいのです。
   そのわけを言ってみよう。
   なぜ、そうしたのですか。
   なぜ、こういう結果になったか、わけを考えてみよう。
   方法は、いくつあると思う? 二つ? 三つ? 四つ?
   もう少しくわしく言うと、……
   まとめて言えば、……
   結論から先に言えば、……

 母親が「知性言語」を使えば、わが子も「知性言語」を使うようになりま
す。きちんとした文の連続で話すようにしましょう。また、子どもに「知性
言語」を使う誘いかけをしてみましょう。そうすれば学業成績もぐーんと向
上するでしょう。


 
(その3)過保護な言ってあげはやめよう


 親の過保護な過干渉はいけない、とはよく言われます。母親は過保護を愛
情と錯覚し、子どものすること、なすことを先回りして、つい手を出してし
まいがちです。べてべたくっついて、子どもを独占しすぎる傾向にあります。
かわいさの余り何から何まで世話をやき、先回りしてやってあげます。これ
は、子どもの自立心、独立心の芽を摘んでしまうことになります。
 子どもが「お水ちょうだい」とも言ってないのに、母親が先回りして「ハ
イ、お水でしょ」といって水を差し出したり、子どもが遊びで外出しようと
すると、うるさいほどにこまごまと注意を与えたり、これが親心だと考えて
いるようです。
 親は子どものやることについて先回りのおせっかいを過度にかけすぎない
ようにしましょう。やってやりたい、言ってあげたいことをじっと我慢して、
静かに見守ることです。子どもの自立心、独立心を促進するようにしましょ
う。
 過保護な子は、甘えん坊で、依頼心が強い子に育ちます。先生や友だちの
指示がないと自分から動けない子になります。いちいち先生や友だちの意見
を聞いてからでないと行動できない子になります。小学校中学年になっても、
毎朝、子どものパンツや靴下のはきかえを手伝っているようではいけません。
 電化製品が発達し、母親の家事の仕事も減ってきました。子どもを生む人
数も減ってきました。子どもに母親のすべてを投入できる時間が増えてきて
います。過剰支配や過干渉は、子どもの自立心を遅らせ、モラトリアムな人
間を育てるだけになってしまいます。
 おせっかいコトバを少なくしましょう。過度な「言ってあげ、やってあ
げ」はやめましょう。何の勉強をしているの。もう算数の勉強は済んだの。
おなかがすかないの。今晩の食事は何を食べる? 姿勢が悪いですよ。鉛筆
を削ってあげるね。コーヒーでもいれましょうか。それとも、ココアがい
い? 
 母親の一方的な語りかけや、母親いっぱいのおせっかいはやめることです。
子どものなすこと、やろうとすることに、いちいち口出すのはやめましょう。
子どもは注意散漫になって、集中力のない子になってしまいます。他人の話
しにじっと耳を傾けない子になってしまいます。自分から進んで行動しない
子になってしまいます。
 母親が先回りして、子どもがやろうとしているのを何でもやってあげては、
子どもの側からすれば、自分を試す場がなくなってしまうことです。子ども
を無菌状態におくことになります。突き放すこともことも愛情なのです。口
やかましい母親は愛情をとりちがえていると言えます。
 母親が病気になった時、子どもが母親代わりになって家事一切をやれる子、
父親が若くして死んでしまったら、母親を助けて仕事をバリバリとやれる子、
そのような一人立ちできる子に育てることが重要です。いずれ、子どもは一
人で生きていかなければならない時期が来るのです。親はそれを早く準備し
てやるようにしておきましょう。
 かわいい子には旅をさせよ、という格言があります。親は手を出さない、
自分でやらせる、じっと忍耐強く待って見守ってやる、ことが重要です。子
どものやることは、親からみれば不完全で、仕上がりもまともでないでしょ
う。不完全であっても、親はそれを褒めて、一緒に喜び合うようにしましょ
う。子の親離れを早めることです。早く、自主・自立の王者に仕立て上げる
ことが子育て上手というものです。


   
(その4)双生児的状態におかない


 ルリア(心理学者)は、次のような報告をしています。一卵性双生児の子
ども二人を、幼稚園に入園したときに同じ学級に入れた。二人の幼稚園での
生活は、家庭生活の延長であった。常に二人だけで遊んでいた。お互いに相
手が何を考え、何をしようとしているかが了解済みなので、殆どコトバを交
わすことなく遊んでいた。二人の言語水準は、行動密着言語であった。
 しばらくして、二人を別々の学級に分けた。兄弟でない子ども達と話した
り遊んだりしなければならなくなった。二人の言語発達はみちがえるように
よくなった。組み変えした十か月後には100%の表象言語を話すようになっ
た。ルリアは、こう報告しています。
 このことは、親子の会話にも言えます。親は子どもが舌足らずな話し方を
したら、正しい話し方をするように指導しましょう。子どもの舌足らずな表
現をそのまま放っておかないようにしましょう。長年連れ添った夫婦のよう
に無言のツーカーの仲ですましてしまったら、いつまでもわが子の言語発達
は低水準にとどまってしまいます。整った文で、整った文の連続で話し合う
ようにしましょう。
 多くの子どもと遊ばせて話させる機会を多く与えることも、コトバを発達
させる有効な方法です。不特定集団の中では、子どもひとり一人は、育ちが
違い、性格が違い、物の見方・考え方も違うので、無言のツーカー、あるい
は「あ・うん」の呼吸では通達ができなくなります。共通の了解事項がない
ので、きちんとした文で話さなければならなくなります。自分の意思を相手
に伝えるため、単語の選択に気をつかい、どう述べていくか、述べ方に気を
つかうようになります。
 相手の話し内容を、自分のコトバに置き換えて理解し、返答しなければな
らなくなります。子ども同士の会話が、語彙量を豊かにし、表現力をのばし
ます。いつも同じ子とばかり会話させるのでなく、多くの違う友だちと会話
する機会を与えるようにしましょう。
 父と子、母と子の会話も、できるだけ単語一個で通達するのでなく、文
(主語+述語)で話すようにしましょう。だから、すると、こうだから、け
れども、だって、そのわけは、など、子どもが話している間を見つけて、親
がこうしたコトバをさしいれて、話をつなげていくのもよい方法です。


 
(その5)あたまごなしの物言いをしない


 バーンスティン(教育社会学者)は、次のような報告をしています。子ど
もの言語発達は、子どもを取り巻く大人たちの会話、大人たちの子どもへの
話しかけ方によって大きな差が出てくる、と語っています。
 次は走っているバスの中での、母と子の会話です。

母親Aは、次のように言ったとします。
「ちゃんと吊革につかまっていなくてはばめですよ。」
「どうして?」
「もし、つかまってないと前に投げ出されて、倒れて、転んで、ケガするか
 もしれないでしょう」
「どうして?」
「もし、バスが急に止まったらどうです。前につんのめったり、横に倒れた
 りすることもあるでしょう。そうすると、あなたがお客さんにぶつかって
 迷惑をかけるでしょう。頭にこぶができたり、赤い血がでたりすることも
 あるでしょう」

母親Bは、次のように言ったとします。
「ちゃんと吊革につかまって!」
「どうして?」
「しっかりつかまっていなさい」
「どうして?」
「しっかりつかまっていなさいってば」
「どうして?」
「うるさいわね。つかまっていなさい」
「どうして?」
「もう大きいからわかるでしょ」
「どうして?」
「どうしても、こうしても、ないわよ」
「どうして?」
「私の話しがきけないの」
 手首を持って強引に吊革につかまらせる。平手打ち、パン、パン。

 バーンスティンの報告は、母親から子への話しかけ方について示唆に富ん
でいます。
 母親Aは、子どもにどう行動すればよいか、なぜ吊革につかまっていなけ
ればならないか、その理由をきちんとコトバで伝えています。吊革につかま
らなければどうなるか、その結果の予測をきちんと教えています。
 母親Bは、「吊革につかまっておれ」を繰り返すだけです。どうして、そ
うしなけらばならないかの理由を教えていません。その行動をしないと、結
果がどうなるかを教えていません。命令と禁止のコトバを繰り返すだけです。
 二人の母親の話し方の違いは、子どもの言語発達にも、行動のしかたにも、
大きく影響を与えてきます。
 母親Bの子どもは、頭ごなしの禁止や命令だけでは、言葉の力が伸びませ
ん。わけもなく、すぐにパッと行動に走るだけです。これでは自分の行動を
自分の判断で決めていく自立的行動も身につくはずがありません。
 母親Aの子どもは、母親からの論理的に、理屈で順序だって説明を受け、
教えられているので、「知性言語」の能力を身につけていくことになります。
コトバで筋道をつけて説明する能力も身につくことになります。
 母親Aの子どもは、学校で学習したリ、遊んだりしている時でも「だから、
こうでしょう。だからこうでしょう」という論理歴な物言い(思考)をする
ことになります。母親Bの子どもは、学校では、「だめ」「そこ、どけ」
「あっちだ」などの命令や禁止の単語的表現(行動密着言語)でしか伝える
ことができない子になります。コトバより早く行動が、手や足や身体が動き
出す子になるでしょう。すぐ手や足が出て、乱暴な行動をするようになり、
パン・パン・パーンとケンカを始める子になるでしょう。コトバで自分の行
動をコントロールしていくことができない子になるでしょう。コトバは、自
分の行動を制御・調整する機能があるのです。


  
(その6)ひとりごとを大切にしよう


 人間は音声言語で話したり聞いたり、文字言語で読んだり書いたりして
日常の言語生活をおくっています。外に出して通達の働きをしている言語の
ことを「外言」(がいげん)と呼びます。黙って頭の中だけで操作している
している言語のことを「内言」(ないげん)と呼びます。外言として話した
り聞いたりしているとき、頭の中でははげしく内言も同時に活動しています。
書物を読んだり、他人の話しを聞いたりしてるときも、頭の中では活発に内
言が働いています。外言は他人へ向けられた言語、通達の言語です。内言は、
自分の心に向けられた言語、考えコトバのための言語です。
 人間は内言(ひとりごと)を操作して、頭の中で黙って何かをしたり、見
たり、思い出したり、考えたりしています。わたしが学校で子ども達と話し
たり聞いたり、同僚と話したり聞いたり、家で新聞を読んだり手紙を書いた
りしているときでも、頭の中では黙って激しく内言が働いています。いま、
こうして文章を書いている時でも、わたしの頭の中で断片的な多くの内言が
ヒラヒラと浮かんでは消えており、また連結しており、内言が話しの構成や
話す方向や語えらびや文作りに活発に参加しています。
 思考力を伸ばすには、子どもが頭の中で黙って内言のコトバ操作する力を
高めることが重要です。1年生が「5+3」の計算をする場合、はじめはお
はじきや手指を操作しながら「8」と答えを出すでしょう。次に、頭の中だ
けでおはじきた手指を動かす操作のイメージを浮かべて、または、つぶやき
やひとりごと(内言)を言いながら「8」と答えを出すようになるでしょう。
さらに計算に慣れてくると、手指を動かさなくても、イメージをありありと
浮かべなくとも、短縮化・短絡化した内言だけで、すばやく黙って「8」と
答えを出すようになるでしょう。
 小学校2年生で、二位数−二位数の繰り下がりのある減法計算をするとし
ます。その時、初めはつぶやきのひとりごとで「十の位から10を繰り下げ
て、一の位から4を引いて6になる。6に、2をたして8になる。」のよう
に言わせて計算をさせます。自分へ向けた思考のコトバで、的確に筆算の順
序(アルゴリズム)を言わせます。これを繰り返して計算練習していくと、
やがてコトバに出して言わなくても、パッパッとした圧縮した(短絡化し
た)内言だけで計算ができるようになります。
 計算のアルゴリズムを、初めは、子どもに「つぶやきのひとりごとを言い
ながら勉強しましょう」と奨励すると効果が上がります。母親が「うるさい
わね。黙って計算しなさい。2年生にもなって、まだ、ぶつぶつ言いながら
勉強している、なんて、なさけないわ」などと言ったとすれば、それは子ど
もの思考を中止させることになります。短縮化した内言だけで思考する前に、
その前段階の思考操作の練習としてひとりごとを言わせる方法はとても効果
がある方法です。
 始終ひとりごとを言わせる必要はありませんが、難しい問題を解くときと
か、こみいった思考を必要とする時とか、頭がぼんやりしてきたときとか、
新しい問題で考え方の順序をはっきりと定着させたいときとか、重要文個所
を確実に定着させたり、暗誦させたいときとか、そのような時はひとりごと
(思考の言語、つまり内言)を言わせて学習させる指導はとてもよい方法で
す。

   
(その7)聞き上手な親になろう


 賢明な母親は、わが子が赤ちゃんだった時に次のようなコトバを語って聞
かせつつおっぱいをあげるでしょう。

「さあ、これがおっぱいよ」
「はい、チューチューと吸ってね」
「まあ、元気よく吸うこと。」
「おなかがすいていたのね。そんなに急いですわなくていいのよ」
「もう、おなかいっぱいになったの。じゃあ、おしまいにしましょうね」

 母親が語っているコトバの意味内容は、赤ちゃんには分かりません。それ
でいいのです。幼児期には、このようなコトバかけを、行動と密着させて赤
ちゃんにコトバかけをするのがいいのです。母子の愛情の絆、親和的な共感
関係ができるからです。母親の愛情がたっぷりと受けてとり、赤ちゃんは安
心して母親に甘える感情になります。
 やがて、行動とコトバとが密着していることが、ぼんやりと意味のあるも
のとして結びつき、理解されていくようになります。こうすると早くコトバ
を覚えるようになります。言葉を覚えることは、考える力がのびることです。
 親子で道路を歩いているとき、親は周囲で目についた事物について、あれ
は何だ、あれは何に使うものだ、あれは何だろうね、……に使うものみたい
ね。あそこの、あの形、おもししろいと思わない? などと語りかけて、子
どもの知識や語彙を増やしていくようにします。二人とも無言で、さっさ、
さっさと歩くだけではいけません。
 賢明な母親は、次のような母と子の会話はしません。

「おかあさん、ただいま」
「……………………」
「あのね、お母さん、きょう学校で原田君が」
「あとにしてよ、いま、いそがしいのよ」
「原田君、きょう、学校で」
「わかったわよ、あとにしてよ」
「きょう、学校の給食のおかずを、原田君が三杯もおかわりしたんだよ」
「うるさいわね、あとにしてったら」

 これではいけません。子どもが熱心に話しかけてくるのに話し相手になら
ないのはよくありません。子どもの話す力をのばすには、子どもに話させる
ように気を使うこと、しむけることが大切です。話しを上手に引き出すよう
にします。母親は、うながし上手、話させ上手になることです。

「何なのよ、早く言いなさい」
「忙しいのよ、ぐずぐずしてないで、早く言いなさい」

 これでもいけません。気長に待って、ゆっくりと子どもに話させることで
す。上手にあいづちを打って、子どもがたくさん話しだすようにさせます。
だれが? どこで? そうなの! それで? どうして? なるほどね!
うれしかったでしょう! かわいそうね、わあすごい! などとあいづちを
打ちながら、子どもと一緒に驚いたり喜んだりして、子どもから話しをどし
どし引き出し、子どもの話す力を高めるようにしましょう。
 小学校三年生に、お母さんのコトバで一番嫌なのは? と質問しました。
答えはこうです。早く寝なさい、早く片付けなさい、早く勉強しなさい、早
く歯をみがきなさい、の「早く早く」でした。早く早くが多すぎるようです。
「バカねえ。ダメねえ」も嫌いなコトバだそうです。母親は案外と無思慮に
何の気なしに使っているコトバではと思います。
 子どもが話し出そうとして、なかなかコトバが出てこない、話しにつまっ
ている、というようなことはありませんか。このような場合、母親は「なに
をぐずぐずしているのよ。じれったいわね。早く話しなさい」などと非難の
コトバを言って、急がせてはいけません。子どもは、ますますコトバに詰ま
って、どもるようになるでしょう。
 こうしましょう。母親は、ニコニコ顔で子どもの顔をのぞきこんで、「そ
れからどうしたの。ン、ン、そして」とあいづちをゆっくりと打ちながら話
しを引き出すようにします。子どもが話し始めるのをじっと、じっと待って
やるようにします。ニコニコ顔で、ゆったりと穏やかな顔で、じっと待って
やるようにします。ニコニコ顔で、じっと待ってやる心の余裕が、子どもが
話す力をつけることにつながります。
 母親だけがしゃべって、子どもは聞くだけ、このような母親のおしゃべり
もよくみられます。この逆、子どもだけしゃべって、母親は聞くだけもあり
ましょう。こういう母と子の会話もよくありません。母親は、聞き上手・う
ながし上手になることです。子どもに多く話させるようにしましょう。
 とかく母親はわが子にコトバのシャワーをかけ過ぎます。細かいことをい
ろいろと言い過ぎます。母親のおせっかいコトバの攻撃に、子どもたちはう
んざりしています。過干渉で過剰な話しかけは、子どもはうるさがって親を
はねつけ、聞く耳をなくさせます。親の権威をうすれさせ、反抗心を起させ
るだけです。


  
(その8)コトバづかいは心づかいなり


 コトバは、使う人の心と切離して考えることはできません。コトバづかい
は、心の声であり、心の形であり、心の姿勢です。コトバの乱れは、心の乱
れです。よいコトバは、よい心から生まれます。悪いコトバは、悪い心から
生まれます。
 コトバづかいは、外面にあらわれたコトバづらだけの問題ではありません。
コトバづかいに気をつかうことは、心のありようをよくする指導です。目上
の人への尊敬の念があるか、友だちへの思いやりや愛情があるか、自然や社
会への真摯な態度があるかどうか、広くその人間の人生への姿勢、心の向け
方、生き方のあらわれもコトバづかいに現れてきます。
 母親は、子どものコトバづかいがわるくて困ると訴えます。わたしは小学
生の場合は、そんなに深刻に考えなくてもよいという意見を持っています。
お母さんたちが子どものときも、皆さんの両親は、皆さんのコトバづかいが
悪いと嘆いていたはずです。いつの世もそう言われてきたのだと思います。
 テレビの「ドラえもん」や「サザエさん」に出てくる子どもたちのコトバ
づかいが悪い、子どもがそれをまねして困る、と言います。テレビの影響が
子どもたちのコトバづかいを悪くしていると非難します。見方のよれば、こ
れら登場人物たちのコトバづかいはぞんざいで粗野で荒っぽいと思えなくも
ありません。
 しかし、これらテレビマンガで語られているコトバの内容には、温かな愛
情にあふれた人間関係が基盤にあり、相手への思いやりの気持ちもあり、敬
意もあり、義理や人情もあり、正義を大切にする規律の順守もあります。テ
レビマンガで語られているコトバづかいは、いまの日本のふつの家族同士、
兄弟同士、子ども同士で語られているコトバづかいと変わらないと考えてよ
いのではないでしょうか。そんなに目くじら立てて非難するコトバづかいで
はないと考えます。
 コトバづかいは、心づかいです。敬意がこもていればよいのです。うわべ
だけの丁寧言葉では、相手に不快感を与えます。大人の会話にたまにみられ
る、本音と建て前を使い分け、うそと虚栄とうわべだけの、見え透いたコト
バづかいでの話し方こそ非難されるべきでしょう。コトバづかいは丁寧なの
に、話し手の心にいんぎん無礼さがみられる虚飾のコトバづかいこそ非難さ
れるべきでしょう。
 子どもの飾らない心、素直な心がありのままに表現されているコトバはほ
ほえましく、大人たちを楽しませてくれます。たとえ学業成績が多少劣って
いても、気持ちよい素直なコトバづかいで朗らかに対応できる子どもは、成
績優秀でなくとも、将来は立派な社会人となることうけあいでしょう。


   
(その9)流行語の使用について


  流行語についても、そんなに目くじら立てて非難するほどでないと思う
のですか、いかがでしょう。子どもたちは大人たちが考えてるほどの意味を
こめて話してるわけではないでしょう。それらのコトバを、鬼ごっこやかく
れんぼ遊びと同じつもりで、ひとつのコトバ遊びとして語っているのだと思
います。少しは悪いコトバだと気にしながらも、軽いふざけの気持ちで楽し
んで使っているにすぎないのだと思います。
 一過性でおさまる性質のものですから、そう非難しなくてもよいと思いま
す。放っておいてよいと思います。無視してよいと思います。使ってはいけ
ないと知りつつ、それを使ってみることで物知りになった誇らしい気分、そ
れをちょっと使ってみることでスリルの喜びを感じている場合もあるでしょ
う。コトバあそびを楽しんでいるのです。
 しかし、母親に「クソババア」とか「ウルセエ、ババア」とか言ったり、
父親に「ポンコツジジイ」とか言ったり、先生に「センコー」とか言ったり
したら厳しく指導する必要があります。そのほか「オイ、キチガイ」とか
「コロシテヤル」とか「死ね、クソタレ、クタバレ」など、相手の感情を害
するコトバ、社会的に許されないコトバを使ったら、その場で即座に鉄火の
如く怒って指導する必要があります。「鉄火の如く怒って」と書いたが、
「嫌な感情をあらわに顔面に出して、断固使用厳禁の指導をする」という意
味です。「かんでふくめるように丁寧にやさしく」だけでは、ダメでしょう。
断固厳しく使用禁止を教え諭すことです。
 美しいコトバを使うとは、上品なコトバを使うということではありません。
他人を軽蔑したり、ののしったり、あざけったりする差別表現の使用を避け
るということです。他人が嫌がるコトバ、けなしコトバ、不快感を与えるコ
トバを使用しないということです。
 例えば、次のようなコトバです。

 おじん おばん くそじじい くそばばあ どあほう とんま でめえ
 てめえよう おめえら きさまら マヌケ ブス バイキン 死ね
 死んじまえ ころしてやる なめんじゃねえ むかつくなあ クタバレ
 バッキャロー かんけえねえだろう うるせえなあ ふざけんな
 くそったれ ガキ コイツ センコー ヤリャイインダロー

 挨拶コトバは、しっかりとしつけましょう。あなたの家庭では、家族同士
が次のような挨拶を気軽に言い合う雰囲気になっているでしょうか。朝、起
きると「お早う」を言い合ってますか。いただきます。ごちそうさま。いっ
てまいります。いってらっしゃい。ただいま。おかえりなさい。おつかれさ
ま。おやすみなさい。そのほか、家族同士が感謝のコトバ「ありがとう」を
即座に気兼ねなく言い合う雰囲気になっていますか。親は子どもがお手伝い
をしてくれら、気軽に「ありがとう」と感謝のコトバを言ってるでしょうか。


 
(その10)コトバのしつけは、
       ていねいコトバだけでない



、コトバのしつけと言うと、下品で粗野なコトバを使わない、挨拶や返事を
きちんとする、丁寧なコトバを使う、などの作法、エチケットの指導が強調
されますが、もっと広く考える必要があります。
 コトバのしつけで重要なことは、正確に表現する力、正確に聞く力を身に
つけるということです。つまり、はっきりと終わりまで話す、相手に分かる
ように工夫して話す、適切な単語を選んで整った文で話す、明瞭な音声で抑
揚をつけて話す、会議(話し合い)が上手にできる、質問力がある、相手の
話し意図を的確に聞きとる、批判的に聞きとる、などであります。
 これらは学校での指導が第一ですが、学校ではこんな指導していると場面
や事例をあげて、学級懇談会で父母に話します。だから家庭でもこうした指
導をする場面があるといいなあ、家庭でも指導してほしいなあと、協力を求
めていくと指導効果が上がるでしょう。家庭でも、コトバづかいの手本を示
してほしいものです。家庭でもよい言語環境を整えることが重要です。子ど
もは大人のコトバづかいを模倣して身につけていくわけです。学校よりも家
庭での話しコトバの分量がぐっと多いわけですから、父母・祖父母の日常の
コトバづかいをいつのまにか子どもは身につけているわけで、それが子とも
のコトバづかいとなって、移っていくわけです。
 学校で、子どもが教師に「先生、日記」と言います。「日記をわすれまし
た」なのか「日記を書いてきたので提出してよいですか」なのか分かりませ
ん。教師に「先生、国語の本」と言いました。「国語の本を忘れてきまし
た」なのか「国語の本をかしてください」なのか「国語の本を忘れたので、
隣の組へ行って、借りてきていいですか」なのか「国語の本の落とし物があ
ります」なのかが分かりません。
 子どもの話し方には、このように単語を並べるだけの話し方、一語表現、
省略表現が多く見受けられます。学校では、こうした舌足らずな表現を主述
の整った正しい文で話す指導をしているわけです。家庭でもこのような、一
語表現をした場合は、終わりまできちんと話すように指導することをお願い
しましょう。


 
(その11)女の子の男コトバ使用について


 女の子が相手を呼ぶのに呼び捨てにしたり、男の子のようなコトバづかい
をしたりしているのを聞くと、これでいいのかしら、と気になる母親がいま
す。
 次は新聞の投書欄(東京新聞、1984・10・11)からの引用です。これをプ
リントして父母に配布し、学級懇談会で話題にしてみたらどうでしょう。あ
なたの学級では、どんな結論になるでしょうか。

    女の子の言葉遣いに心配りを   
              主婦 小川順子 37 (横浜市金沢区)

 二日付本欄「私は女の子なんだから……」を読み、とてもうれしくなりま
した。
 先日、長男(小四)の級友が遊びにきて、長女(小二)に「おい、○○い
る?」と聞きました。とてもかわいい女の子だったのでびっくりしました。
 日ごろ、学校の帰りの女子中学生が呼び捨てで話しているのを聞き残念に
思っていました。
 そこで、子供の学級懇談会の際「女子が男子生徒を呼び捨てにするのは聞
き苦しい」と発言してみました。
 ところが、「中学でもそうだから、一人だけちゃんと呼んでも『ぶりっ
子』にされてしまう」「親しみを込めて呼んでいるのだから……」「そのう
ちにきちんと話すようになる」「親も子供を呼び捨てにしてしまっている」
という意見が大半でした。
 長男も学級会でその問題を話し合ったら、「お母さんの考えは古いよ」と
言われ、「女の子に呼び捨てにされても平気というのが大半だった」という
ことせした。
 わたしは、美しい日本語を話せない日本人になってほしくないのです。



  以下の文章は、本章「第19章付録」の【20】節「しつけで学業成績を
伸ばす」の中にある「コトバのしつけで学業成績が伸びる」部分です。本節
と関連しているので、本節の以下にコピー・アンド・ペーストしています。
   本節と【20】節との重複文章になりますが、内容が連関しているので
【20】節に書いた文章を、本節の以下に再掲載しています。


(その12)コトバのしつけで学業成績が伸びる


 母親のコトバのしつけが、子どもの学業成績を大きく左右することについ
て述べます。
 アメリカの言語社会学者、コーディルとホールデンが日本とアメリカの母
親の子育てにおける子どもへのコトバかけについて調査しました。その結果、
次のようなことが分かりました。

    
アメリカと日本の母親、コトバかけの違い

 アメリカの母親は、子どもによく話しかけます。子どもの方も母親によく
応答して、活発にしゃべります。アメリカの母親は、子どもを自分とは別の
自立的した存在とみなして、子どもの要求や願望をどしどし出させ、それを
コトバで表現させて、子どもが自立した行動ができるようにしつけています。
 日本の母親は、物静かであまりしゃべらない、おとなしい子どもを望んで
います。日本の母親は、子どもにあまり話しかけません。抱いたり、あやし
たりの身体接触が多く、子どもは母親自身の延長とみなしており、子どもの
ことは子どもがしゃべらなくても、自分が一番よく知っていると思っていま
す。
 アメリカの母親は、自己主張を活発に行う子、自立的な行動を進んでやる
子にしつけています。日本の母親は、子どもの自己主張を抑制し、やってあ
げの過干渉や過保護な対応で、自立的な行動を抑制するしつけ方をしていま
す。アメリカの母親は、コトバで教えたり、コトバで説明したり、コトバで
直接に命令したりの強制的な話しかけが多いが、日本の母親はコトバ数が少
なく、表情や身ぶりでの話しかけが多くみられ、暗示的で説得的な口調のコ
トバかけであり、強制的ではありません。

  
イギリスの母親、社会階級によるコトバかけの違い

 イギリスの言語社会学者、バーンステインはイギリス社会の中流階級と下
層階級の家庭で使われている話しコトバを調査しました。その結果、次のよ
うなことが分かりました。バーンステインは、中流階級のコトバを「精密
コード」(elaborated code)と呼び、下層階級のコトバを「制限コード」
(restricted code)と呼んでいます。

      
「精密コード」と「制限コード」

 中流階級の「精密コード」とは、あらたまった場で使われるコトバであり、
きちんと整った文型で、語りが豊かで、言い回しが精密で、身ぶりや顔の表
情の助けを借りなくてもはっきりと理解できるコトバ表現です。
 次の例がそうです。母親がバスの中で子どもに「吊革につかまってなさ
い」と言えば、子どもは「どうして?」と質問します。
 それに対して母親は「もし、つかまってなければ、バスの中は揺れるので、
前に投げ出されて、倒れて、転んで、ケガをするかもしれないでしょ。吊革
につかまっていれば、そのようなことはおこりませんでしょ。」と応答しま
す。
  このように語り合いを多くして、主述の整った文で、論理的に、筋道を
つけ、理屈で、順序をつけた話しかけ方をします。母親がこうした話し方を
すれば、子どもにもしぜんとそのような話し方が身につきます。論理的に、
筋道をつけて、順序をつけて、理屈でコトバ表現をしていく力を身につきま
す。
  学校の教室は、公の場ですから、筋道だった話し方をしなければなりま
せん。つまり、学校では「精密コード」のコトバが要求されるわけです。日
常生活の中で親子のこうした論理的で筋道だった会話をしていれば、学校で
も論理的で筋道だったコトバ応答ができるようになり、明晰な分析思考で学
習に励むことができます。こうして学業成績も向上することになります。
  これに対して、下層階級の「制限コード」とは、家族内や友人同士とい
ったくだけた場所で使われるコトバ表現であり、簡単な一語表現などの省略
された単純な文型で、使い古された文句が多く、お互いがある状況の中にい
れば、その場面から相手が何を言おうとしているかが容易に推測できるコト
バ表現です。

  
「精密コード」とは「知性言語」だ
     「制限コード」とは「行動密着言語」だ


 「精密コード」は知性言語ですが、「制限コード」は水準の低い、「行動
密着言語」です。(「行動密着言語」「知性言語」については、「本章付録
【11】コトバの力の伸ばし方」にくわしく書いてあります。そちらを参照し
ましょう。)
 「制限コード」の例は、こうです。母親がバスの中で子どもに「吊革につ
かまっていなさい」と言えば、子どもは「どうして?]と質問します。それに
対して母親は「お母さんが、そう言ってるのだから、つかまってなさい」と
命令をします。さらに子どもが「どうして?」と質問すると、「うるさい子
ね。黙りなさい」と母親の権威で黙らせて命令に従わせます。母親は、どう
して吊革につかまらなけらばならないかの理由を筋道をつけて説明していま
せん。そこで語られているのは権威と命令と服従だけの貧しい会話です。
  バーンステインは、中流階級と下層階級とで、知能程度が同程度の子ど
もの場合、彼らの学力差は二つの社会階級の環境の違い、言語環境の違いが
大きく関わってくると述べています。特に、親たちの子どもへのコトバかけ
の違いによって子どもの学力差に大きな影響を与えていると述べています。
  バーンステイン仮説の実証的検討を試みたヘスとシップスマンは「社会
階層が高くなるほど母親は精密コードの特徴をもった言語を使い、子どもの
行動の統制の仕方では権威的志向的な表現が少なく、また情報を組織立てて
子どもに説明する教授スタイルが多くみられる」と述べています。
 学校の教室で使うコトバは、あらたまった場所での「精密コード」のコト
バ表現です。つまり、文+文+文というように、整った文(主語+述語)を
連結させて、論理的に筋道をつけた内容のコトバ表現です。この「精密コー
ド」のコトバが、子どもの学業成績を向上させるコトバなのです。

      
「精密コード」のコトバ表現の例

 わが子の学業成績を伸ばすためには、親は家庭内で「精密コード」の話し
コトバを使うようにしなければなりません。つまり、知性言語で話すことで
す。「以心伝心」でなく、「空気を読みとる」でなく、整った文(主部+述
部)で、文章(文+文+文)で、論理的に筋道を立てた話し方をしなければ
なりません。
   それは、こうだ。   こうしたから、こうなった。
   だから、こうだ。   しかし、こうだ。
   そのわけは、こうだ。 こうしないから、こうなった。
   だから、こうなった。 しかし、こうだ。
   こうしなければ、そうならないはずだ。
   もし、こうしたら、こうなるはずだ。
   結論は、こうだ。それは、こういう理由からだ。
   まとめると三つ、第一は○○、第二は○○、第三は○○だ。

 親は、家庭内でもこのような理屈をならべた組織だった話し方をしましょ
う。親がこうした話し方をすれば、子どもも親の話し方を模倣して筋道だっ
た話し方をするようになります。

      
「制限コード」のコトバ表現の例

 子どもが遊びの中でしゃべっているコトバは、「制限コード」のコトバ表
現です。つまり、行動密着言語の話し方です。その場で、ひとりでに出てく
る単発的な思いつきの単語コトバです。マンガやアニメ映画によく出てくる
コトバ表現も多くが「制限コード」のコトバ表現です。

   エイ。   ヤー。   ソレ。  イクゾ。   ヤメロ。
   ハシレ。  トマレ。  ダメ。  ヤメテー、  ナゲロ。
   ツメテー。 スゲー。  イテー。 キタネー。  ヌルヌルダヨ。
   イコウ、イコウ。  ツカマエロ。  トッチャダメ。  イテエヨ。
   ヒャー・クション、   ヒュルヒュルピーン、  ボチャーン。

など、断片的なコトバ、反射的なコトバ、叫びのコトバ、カタコトのコトバ、
擬音コトバがそうです。これは低水準のコトバ表現です。
 このようなコトバ表現を使っているだけでは、学業成績が伸びるわけがあ
りません。「制限コード」のコトバ表現だけを使っていては学業成績が伸び
ません。

  
親はわが子に「精密コード・知性言語」で話そう
 
 母親は、家庭内で、わが子がこのようなカタコトの反射コトバで話したな
らば、「そんな話し方では何を言ってるのか分かりません。きちんとした話
し方で言いましょうよ」と語り、整った文+文+文で話すようにしむけまし
ょう。筋道だてて、順序よく、理屈をならべて話すようにしむけましょう。
 子どもがポツリと言ったひと言を、母親が、その言外の意味を、その場・
状況から推定し理解してしまわないことです。子どものコトバの「1」を聞
いて「10」まで理解してしまうと、子どもの論理的で分析的な話し方、コ
トバの使い方、つまり、論理的に考える力が身につきません。「1」で話さ
せないで、「10」のコトバ表現で話させることが重要です。そうすると、
子どもの学業成績はぐんぐんと向上するようになります。
 親の権威的な命令コトバや指示コトバを少なくし、子どもの自立的な思考
力や分析的な判断力を育てる話し方にしましょう。歯磨きをしつけようとす
るなら、ただ「磨け、磨け」を繰り返すのでなく、磨かなかったらどうなる
か、その理由を話して聞かせましょう。虫歯になった状態の写真・絵を図鑑
で見せたり、その痛さの体験をほんとに痛そうにして語って聞かせましょう。
おいしいものが食べられなくなること、入れ歯や差し歯のこと、その金額の
高さのことなども理屈を並べた言い方で語って聞かせましょう。


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